桂川・水路の旅(3)

【忍野発電所】

桂川・水路の旅(2)から続く。

これが忍野の取水口。

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取水池の堰から右に行くのが桂川本流の流れ。
一方ここで取水された水はすぐに暗渠(トンネル)になって手前方向に流れていく。


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取水口からすぐに山中を潜った水は、この忍野発電所・上部貯水槽で再び姿を現す。
(向こう側のアーチ部から)
この日は水量が少なかったが、多い場合には右方向から余水路を通って桂川に戻される。
(マウスを置くと画像が切り替わります)


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この急勾配で下る太い管が貯水槽から忍野発電所へと水を降下させる水管。
最上部で標高約920m。
水は一気に130mほどを駆け下って小屋の中のタービンを廻す。

下に見える建物が大正11年に完成の東京電力忍野発電所。
(マウスを置くと画像が切り替わります)
山小屋程度にしか見えないのも当然で、最大出力800kwという桂川系で一番小規模のもの。
それでも下腹に響くモーターの低いうなり声が、休むことなく山あいにその存在を訴えていた。


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発電所を後にして桂川対岸の道路へ出た。
ふと振り返ると、向こう岸に何やら怪しいものが見えるではないか。
中央奥の部分に人工的な水の出口があるよね。
(マウスを置くとアップします)


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再び戻り、対岸のその辺りを探ってみた。
やはりこれが発電所の吐出口。
つまり忍野発電所で使った水を再び桂川に戻している部分なんだね。
ここの標高約860m。山中湖から120m下った。
次は鐘ヶ淵発電所だ。

現場で撮影したよくわかる動画はこちら
                

--桂川・水路の旅(4)に続く--

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桂川・水路の旅(2)

【山中湖】

桂川・水路の旅(1)から続く。

ということで、まずは桂川の源を探りにやってきた。
そもそも桂川というのは山梨県内の名前。
これが相模湖の上部で神奈川県に入ると相模川と名前を変え、平塚市・茅ヶ崎市の境付近で相模湾に注ぎ出る。
流路の総延長は109キロという大河川だ。

ちなみに河口付近では馬入川(ばにゅうがわ)と呼ばれるが、これは源頼朝の馬が川に暴れ入ったという故事が由来とされている。
だからもしも頼朝が牛に乗っていたら牛入川(ぎゅうにゅうがわ)になっていた、というのは昔バスガイドさんから聞いた話。


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その桂川の源流は山中湖となっている。
そもそも富士五湖で自然流出する河川を持つのはこの山中湖だけ。
なるほど西の池畔には源流であることを示す看板が立てられていた。
看板に「GO GO まりも」とあるのは、ここ山中湖が天然まりもの生育地南端だからなんだね。
ちなみに元の看板の文字は『みんなの手で美しく』で、その下は『山梨県』
哀しくも、年々残った文字の数が減っていく。


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山中湖水面の標高約980m。
冬季のことゆえ湖水中央はすでに凍りついている。
湖畔に追いやられた鳥たちは、すでに水鳥たちが浸入しないためのブイを越えてしまっている。
でも水路には入らないでね。
流されたら太平洋まで行っちゃうよ。

現場で撮影したよくわかる動画はこちら
                


桂川の始めはこんなに整備された人工水路になっている。

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大河の源流としてはちょっと味気ない気はするけど。
ちなみにあの巨大地下金庫はすぐそばだ。


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やがて桂川が道路から離れる手前、送電線の鉄塔が川の真上に立っている。
ピッタリ川の上に跨がる鉄塔って、珍しくない?
すでにこの段階で水路と送電線が共にあるなんて、なんかこの先の水たちの行き末を暗示しているようだ。

水は忍野八海で知られる富士北麓の忍野村を抜ける。


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さらに桂川の水は二つの取水地からそれぞれ鐘ヶ淵発電所、忍野発電所へと地下水路になって送られる。
なお取水口は鐘ヶ淵、忍野の順だが、桂川は取水の後で大きく180度向きを変えているので下の発電所のほうは逆の順番になる。
つまり、桂川の最初は忍野発電所。
行ってみよう。

--桂川・水路の旅(3)に続く--

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桂川・水路の旅(1)

【駒橋発電所・落合水路橋】

桂川・水路の旅(0)から続く。

きっかけはここからだった。
前にも紹介した、山梨県都留市にあるこの水路橋。

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中央道・都留インターの近くにあり、国道139号線(通称:ふじみち)からもよく見える。
正式名『東京電力・駒橋発電所落合水路橋
東京で増大した電力を賄うためここ桂川水系に発電所が作られ、そこで使う水を供給するための水路として架けられたもの。
(電力は現在地元の山梨県に供給)


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下を流れているのは桂川の支流、朝日川。
橋はその朝日川を3連アーチで跨ぎ、さらにその東(左)側で用水や道路などに4連を持つ全部で7連のアーチ。
朝日川はこのあとすぐに桂川へ合流する。


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これは橋を潜った反対側から。
橋本体は煉瓦とコンクリート製。
当時の東京電燈(現東京電力)が1907年(明治40年)に建設したもので、国の登録有形文化財に指定されている。


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本流の脇、一段高くなった端には他とは形状の異なるもう一つのアーチ。
こちらを流れる水は灌漑用水だ。
(マウスを置くと画像が切り替わります)


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橋の上に流れているのも実はで、つまりここは3系統の水が立体交差になっている訳だ。


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ちなみにこれは100m上から見たところ。
橋の上を直角にが渡っていくのがわかる。


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さらに500m上から見下ろした。
やはり上を流れているのはだった。

現場で撮影したよくわかる動画はこちら
                

調べると、標高約980mの源流地点から標高約170mの相模湖まで、山梨県内の桂川には明治から大正に掛けて全部で8つもの水力発電所が作られていた。
そしてそれらは今も全て稼働している。

原発事故のせいでいま肩身の狭い東電だけど、桂川の水は今もこうして変わらず東電を支え続けているんだね。
その働き者の健気な水路を最初から辿っていこう。

--桂川・水路の旅(2)に続く--

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桂川・水路の旅(0)

【プロローグ】

連載「桂川・水路の旅」を始めます。

相模川の上流部分である桂川(山梨県)。
そこには現東電による100年以上の歴史を持つ水力発電の施設が今も現役稼働中。
取水口、水路、貯水池、ダム、水槽、水管、発電所、そして吐出口……
一瞬たりとて途切れることのない水の流れ、それら歴史的建造物の息吹を追いました。

探索は延べ10回以上に渡るうえ、最初の探索から優に足掛け2年以上の歳月を掛けたものなので、季節感(若葉だったり降雪だったり)は前後入り乱れています。
ご了承のほどを。

ま、誰も期待してないし、無駄に長いので適当に読み飛ばしてください。
それでは始まり、始まりぃ……

Miyatanibashi2

--桂川・水路の旅(1)に続く--

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無念の「金環日食」狂想曲

小学生の登校風景。

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いつもと同じ朝の登校風景。
違うのは、まだ始業時刻の2時間も前(6時半)ということ。
早めに登校して、学校で日食観測を行うんだね。


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ところがこれはそのわずか30分後。
こちらは部活に向かう中学生だ。
中学は逆方向にあるので上の写真とは反対方向になるけれど、なんと傘を差している。

   雨!!


Sun_03

そしてお約束の7時半。
ホンのちょっとだけ雲の間から見えたのがこれ。
雲に霞んでボケてるし、金環じゃないし、全然眩しくもない。
せっかく用意した日食グラスなんて、真っ黒で何も見えなかったぞ。
これで8月の金星食も曇りだったら、返品じゃ~☆


【追記】
日食が終わったら晴れた。(~_~;;

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