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2011年1月

洲ノ崎の山肌に弾丸跡を見た

「関空」ならぬ「館空」とは、旧・館山海軍航空隊のこと。
横須賀海軍航空隊の機能分散を図るため、関東各地に設置された航空隊のひとつという。
ここには大掛かりな地下壕帯があることが知られているし、前に掲載した掩体壕もこのすぐ近くにある。

今回探訪したのは、これに隣接した「洲ノ空」(すのくう)こと洲ノ埼海軍航空隊が実際に使ったという実弾の射撃場跡。
洲ノ空は、当時日本で唯一の兵器整備訓練を専門とする航空隊だった。
教育分野は射撃や無線、撮影、光学、電探など多岐に渡り、最盛時には全国から1万数千名がここに集まったとか。

Shishyajyo_01
住宅地のすぐ裏、山肌にそれはあるということだが、歩いても見つかるのはこうした防空壕跡ばかり。
いつもならこれはこれで興味深いのだが、今回は目的外なのでパス。

Shishyajyo_02
思い切って方角を変え、某資材置き場の裏に入り込んでみたところ、視線の先になにやらトンネルのようなものが目に入った。
あった!
これが今回の目的、海軍航空隊の試射場跡だ。

Shishyajyo_03
近づいてみると、林の先の山腹に同じ形をした壕が全部で5つ並んで掘られている。
これらがすべて、海軍戦闘機の機銃調節を目的として作られたものなんだね。
壕から約100m手前の位置に実際に戦闘機を置き、機銃を発射して弾道を調整していたそうだ。

Shishyajyo_04
素堀りで掘ったあと、内側と入口部分をコンクリートで補強した跡がみられる。
すでに剥がれ落ちている部分もあるが、さすがにまだ十分な強度はありそうだ。
弾を撃ち込んで崩れるくらいじゃタイヘンだものね。

Shishyajyo_05
よくみると、壕の間の壁にはホラ、明らかに銃弾が撃ち込まれた跡がある。
怖いね。
掘れば弾丸が出て来るのかも。
ここにも戦争の生々しい痕跡が残っていた。

福士川・芸術屋敷跡はこちら
大崩海岸・石部トンネル跡はこちら
伊豆・廃ループ橋跡はこちら
旧稲又川橋跡はこちら
トヨタの引込線跡はこちら
君津・廃橋跡はこちら
君津の変な橋はこちら
富津岬・軍事施設跡はこちら
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曾呂尋常小学校跡はこちら
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丹沢に墜落した戦闘機のエンジンはこちら
南房総の桜花カタパルト跡はこちら
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大月の監聴音壕はこちら
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野島公園の掩体壕はこちら
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・剣崎の探照灯庫跡はこちら
・剣崎の砲台跡はこちら
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『名誉を晴らす』って……

Osaka_chiken証拠改ざん隠蔽事件で勾留されていた大阪地検前特捜部長、大坪弘道被告が保釈されたそうだ。
無実にも関わらず逮捕された厚生労働省の村木厚子元局長が5か月も勾留され続けたのに、罪に陥れた首謀者の片割れである検事のほうは4か月で保釈だって。
解せないぞ。
普通、容疑否認なら公判開始まで身柄を拘束し続ける癖に。
なんだかんだ言っても、まだやっぱり身内優遇か?

で、テレビで見た大坪前特捜部長の保釈会見。
名誉を晴らすため、公判で闘う」とか言ってる。
え、「名誉」って晴らすもの?
晴らすのは「不名誉」のほうであって、「名誉」は晴らしちゃいかんだろ。
「名誉挽回」ならいいけれど、晴らすなら「屈辱」だ。
裁判で起訴状を朗読するエリート検事さんですらそんな勘違いしているから、間違えて罪のない人を捕まえちゃったのか。

でもこのニュースを記事で読むと、各紙とも「名誉を回復するためにはやむなし」なんてちゃんと上手に言い換えている。
日本の新聞て、優しいね。
ちゃんと誤用変換機能が付いている。

昨日の敵は、機能的

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茨城でも見つけた掩体壕

掩体壕リポート第3弾。
今度は茨城の鹿嶋市だ。

昔、海軍航空隊・神之池基地のあった所はいま鹿島製鉄所になっている。
その工場の一角に『桜花公園』はある。

Entaigo_21
名前の通り、の樹が植えられた小さな公園。
でも『桜花』と名付けられたのはそのためでなく、戦争当時ここで『桜花』という特攻兵器が開発されていたからなのだ。

Entaigo_22
大型トラックが行き交う大通り側からは容易にわからないけれど、裏に廻るとこれも独特な形状をした掩体壕であることがわかる。
ただ、ここはフェンスでしっかりと塞がれていて、中に入ることはできない。

Entaigo_23
他の掩体壕と違うのは、ここには『桜花11型』の実物が保存されていること。

桜花は機首部に大型の徹甲爆弾を搭載し、尾部に推進ロケットを装備した高速滑空機。
目標付近まで母機で運んで切り離し、その後は搭乗員が誘導して目標に体当たりさせた。
つまり操縦者1名が搭乗する特攻のロケット爆弾ということになる。
しかし犠牲ばかりで成果はなく、今となっては悲しいだけの形見なんだね。

富津岬・軍事施設跡はこちら
茂原の掩体壕はこちら
州ノ崎の試射場跡はこちら
府中の米軍通信基地跡はこちら
丹沢に墜落した戦闘機のエンジンはこちら
三芳村の桜花カタパルト跡はこちら
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大月の監聴音壕はこちら
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館山にも残る掩体壕

掩体壕リポート第2弾。
茂原の次は、同じ千葉の館山だ。

Entaigo_11
館山には今も岬の北岸に海上自衛隊の航空基地がある。
これも昔、旧海軍が浅瀬を埋め立てて建設した海軍航空隊の跡なんだね。
そしてそのほど近く、新しい住宅が散見される穏やかな畑の横を見るとそこには明らかに異質な丘状のものが。

Entaigo_12
下に降りて前に廻ってみると、茂原のものと同様、特異な形をしたコンクリートが現れた。
掩体壕だ。

Entaigo_13
建設時期の違いなのかあるいは軍の財政事情が違ったのか、茂原のものと比べこちらのものはとてもきれいな仕上がりで完成度が高い。
もちろん畳などではなく、きちんと板を使って整形されたことが窺われる。

茂原の掩体壕はこちら
鹿嶋の掩体壕はこちら

なおこのすぐ近くにはもっとすごい軍の遺構があった。
首尾よく発見できて興奮したんだけど、掲載にはいま少し待たれい。

【戦争遺構】
・富津岬・軍事施設跡はこちら
・茂原の掩体壕はこちら
・州ノ崎の試射場跡はこちら
・府中の米軍通信基地跡はこちら
・丹沢に墜落した戦闘機のエンジンはこちら
・三芳村の桜花カタパルト跡はこちら
・柏の燃料庫跡はこちら
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・横須賀の砲台山はこちら
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茂原にいまも眠る掩体壕

ここは千葉県茂原市。
小倉優子さんの出身地で、つまり識者によりコリン星と比定されるところだ。
それとは関係ないけれど、ここには昔海軍の航空基地があった関係で今も戦争施設の名残がみられる。

Entaigo_04
本納-新茂原間の外房線の線路には軍事工場への引込線の跡が今も残るし、三井東圧の工場横の長~い直線道路。
実はこれは昔滑走路だった跡なんだという。
なるほどね。
でもよい子のみなさん、道路に出てはいけません。

Entaigo_01_2
さらに新茂原の駅から市内を歩いていくと、いくつもの不思議な小山が見られる。
刈り取られた田圃の向こう、一見ただの竹林が生えた丘だけど、わかる?
実はこれが掩体壕(えんたいごう)なんだね。

Entaigo_02
背後からは何の気配もなかったのに、前に回ってみるとコンクリートで作られた巨大な壕。
掩体壕とは文字通り、航空機を敵の攻撃から守るための、つまり隠れ格納庫。
だから上からはわからないように木や竹でうまく隠されている訳だ。
住宅地のものは車庫なんかに使われていて興醒めだったけれど、ここのは純粋なままで残っていた。

Entaigo_03
中から外を見るとこんな感じ。
物資の不足していた時代に建てられたものだから、板でなく畳を使って整形した跡もみられるし、残念ながらコンクリートの質が悪くすでにはげ落ちている箇所も多い。

周囲を廻ってみたよくわかる動画はこちら
                

富津岬・軍事施設跡はこちら
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鹿島の丘に「龍宮城」の墓標を見た

鹿島アントラーズの地元・鹿島灘の近くにある大洋村は、気候が温暖ということで一時期広範に別荘が造成されたことで知られる所。
そしてそこにはなんと現代の「龍宮城」があるそうな。
(龍宮ったってキャバクラじゃないよ>そこのあなた)

別荘地ということで林に隠されて見通しが悪く、ほんとわかりにくい。
道も整っていなく、すぐに方角を見失う。
尋ねようにも人影もなし、見つけるのにえらい時間を費やした。
でもまあ、こういう謎解きみたいのが楽しいんだけどね。

竜宮城・全景
Ryugujyo_01
丘のあちこちを彷徨しやっとみつけた「龍宮城」の看板。
ふーむ、見るから怪しい雰囲気漂う、不可思議そうな屋敷ではある。

Ryugujyo_02
周囲を巡ってみると、残念ながらほんと荒廃が進んでしまっていることがわかる。
これじゃ、早晩跡形もなくなってしまいそう。
まだ現存しているうちに訪ねられて良かった。(^.^)v

Ryugujyo_03
一番目に付く通りに面した塔の部分には、屋敷の名前の通り「浦島太郎」の絵が描かれている。
きっと、お伽噺が好きだったんだろうね。

Ryugujyo_04
あれ?
もっと良く見ると、なぜかミッキー&ミニーのキャラクターも。
浦島太郎はともかく、ミッキーマウスは竜宮城のコンセプトに合わなくね?

Ryugujyo_05
さらに探索すると、「龍宮城」の石碑がヤブの中に見つかった。

実はこの屋敷、北海道から転居してきた老夫婦が建てたものという。
近所の子供たちを喜ばせるのが楽しみだったらしいけれど、やがて二人とも逝去。
そして、この「龍宮城」は荒れ果てるままに……
立派なこの石碑も主を失い、結局悲しい墓標になってしまったんだね。
合掌。

周囲から撮影した、よくわかる動画はこちら
                

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レールが15本、レールが15本♪

列車のレールは通常2本。
(1本ならモノレールだもんね)

でも踏切にはたいていズレ防止なのか、もう1本ずつ添えられている。
こんな具合にね。
つまり全部で計4本というのが普通だ。
Rr_cross_01

ところがこれはビックリ!
数えたら、なんと全部で15本もある。
資源のムダ使いじゃ!
(上総中野駅近く)
Rr_cross_02
いずれの踏切も同じ千葉の小湊鉄道のなんだけどね。

ちなみに踏切で待っていると来るのは、こんな電車……
Rr_cross_03
な訳はないっ。
田舎の電車だと思って馬鹿にすんな!

こうした明るいカラーリングの可愛い電車がやって来るよ。
Rr_cross_04
1両だけだけど……
止まったら、押すのテツドーて。

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四角の次は五角トンネルだ

三角、四角ときたら、次はもう五角形しかないでしょ。
あるんですよ。
ほんと、千葉にはユニークなトンネルが多い。(こればっか)
場所はこれも市原市。

 市原市・五角トンネル1
Gokaku_01
みごとな五角形のトンネルでしょ。
向こうの出口は普通だけど。

 市原市・五角トンネル2
Gokaku_02
トンネルの内部から見るとこんな感じ。
まるで将棋の駒のようじゃない?
ちなみにこういう形のトンネル、千葉ではよく見掛ける。

Noppo_02ss富津の背高のっぽトンネルはこちら

Noppo_03ss茂原の背高のっぽトンネルはこちら

Sankaku_02ss長南町の三角トンネルはこちら

Shikaku_02ss市原市の四角トンネルはこちら

藤野市の卵形トンネルはこちら

え、三角、四角、五角があるのなら、今度はまん丸なトンネルを見せてみろ?
おーし、見せたろうじゃん。
でも、闇の向こうは4次元の世界だよ。
さあ、覚悟して行ってらっしゃい。

Maru_2

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伊藤美誠ちゃん、復活!

卓球の伊藤美誠選手がみごとに復活したね。
いや彼女自身はずっと頑張っていて別にいま復活したという訳じゃないんだけれど、この「たなぼた」の中でのこと。
左下にある「人気記事ランキング」をみて気づいたんだけど、「今度は伊藤美誠ちゃん」という、昔の記事が突如急上昇したもの。

M_ito実はいま行われている卓球の全日本選手権で、小学4年生の伊藤美誠選手が最年少勝利記録を10歳2か月に塗り替えたからだったんだね。
驚くなかれ、相手は大学生だよ。
それで「伊藤美誠」という言葉の検索でヒットが急増したらしい。
ちなみにこれまでの記録はあの福原愛選手で11歳と1か月。

美誠ちゃんのことを記事にしたのはもう5年も前。
彼女はまだ5歳。
その時もやっぱり泣き虫だったよ。

それにしてもそんな小さい頃からちゃんと素質を見抜いた我が輩はエライ!
そう、人を見る眼は確かなのだ。
だからほら、奥さんだって……

でも…… 先方が「人を見る眼がなかった」と言うのは何故?
美誠ちゃん、僕も泣きたい _| ̄|〇

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絶景! 氷結・袋田の滝【崖上から俯瞰の図】

日本三名瀑のひとつ『袋田の滝』がほぼ氷結したらしい。
で、前回同様、崖の上から見下ろしてきた。

まだ早朝だったので様子を窺いに土産物屋さんが並ぶ展望台方面に行ってみた。
客はいないけれどやはりこちらに無料で駐められる余地はない。
写真撮るだけで5百円は惜しいのでパス。
山を越えて、裏側の登山口に。

Fukuroda_11
県道や観光路は完全除雪されて問題なかったのに、裏に廻ればこの通り。
夏とは打って変わって一面白銀に覆われた登山口。
雪は少ない地方なんだけどね。

Fukuroda_12
それでも傍らに小動物の足跡を見つけるのは楽しい。
さすが、みんなスパイク付きでやがんの。
可愛いリスならうれしいけれど、でもクマさんはごめんです。
冬は寝ていてね。

Fukuroda_13
見るからに冷たそうな流れ。
これで氷結度は全体の約80%くらいだとか。
こちら側に雪はほとんどない。

Fukuroda_14
右側に見えるのが展望台。
川は90度曲がって写真の上方に流れていく。
吊り橋にもまだ一人の人影も見られなかった。

崖上から撮影した、よくわかる動画はこちら
                

夏の袋田の滝俯瞰の図はこちら

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三角の次は四角トンネルだ

三角形の次は四角形のトンネルだ。
ほんと、千葉にはユニークなトンネルが多い。
大臣橋の近く、市原市にある。

 市原市・四角トンネル1
Shikaku_01
ま、これくらいの地形なら、トンネルでなく切り通しでもいいような気もするけど。
こちら側はかなり縦長なのに、向こうに見える出口は……

 市原市・四角トンネル2
Shikaku_02
ほらね。
みごとな四角でしょ。

Noppo_02ss富津の背高のっぽトンネルはこちら

Noppo_03ss茂原の背高のっぽトンネルはこちら

Sankaku_02ss長南町の三角トンネルはこちら

Gokaku_02ss市原市の五角トンネルはこちら

藤野市の卵形トンネルはこちら

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今度は三角トンネルだ

背高のっぽの次はさらに珍しい三角形のトンネルだ。
ほんと、千葉にはユニークなトンネルが多い。

 長南町・三角トンネル1
Sankaku_01
長生郡の長南町という所にある。
え、三角じゃない?
あわてない、あわてない。
これは反対側。

 長南町・三角トンネル2
Sankaku_02
ほらね。
みごとな三角形でしょ。
地層がみせる迫力も素晴らしい。

トンネルまで歩いてみたよくわかる動画はこちら
                

Noppo_02ss富津の背高のっぽトンネルはこちら

Noppo_03ss茂原の背高のっぽトンネルはこちら

Shikaku_02ss市原市の四角トンネルはこちら

Gokaku_02ss市原市の五角トンネルはこちら

藤野市の卵形トンネルはこちら

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背高のっぽトンネル第2弾

千葉・背高のっぽトンネルの第2弾。
今度のは茂原市の外れ、昔よく走ったカートコースのすぐ近くにあった。

 茂原背高のっぽトンネル
Noppo_03
高いでしょ。
ちなみに向こう側の出口はそれほどでもない。
一見、コンクリートのように見えるけど、大きな岩盤をくり抜いて掘られている。
これだけではどのくらいの高さかわからないので、例によってクルマと比較。

 クルマと比較
Noppo_04
残念ながら、富津のものよりは少し低いようだ。
でも、なんでこんなに高く掘る必要があった?
やっぱりチェ・ホンマンのせいか。

Noppo_02ss富津の背高のっぽトンネルはこちら

Sankaku_02ss長南町の三角トンネルはこちら

Shikaku_02ss市原市の四角トンネルはこちら

Gokaku_02ss市原市の五角トンネルはこちら

藤野市の卵形トンネルはこちら

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賢者よ、その名もミッシェル・バルタザール

Renault_nissan_logoルノー社の大幹部による国際情報漏洩事件。
なんと盗まれたのが日産のEV技術だったというからショック。
日本人はおとなしいね。
かつて経営危機にあった日産がゴーン社長に救われたのは事実だけれど、今じゃ稼ぎも技術もみんなかすめ取られているだけじゃない。
早くフランスから株を買い戻したほうがいい。

それに嫌疑を掛けられた中心人物の名前がミッシェル・バルタザール氏だって。
皮肉だねえ。
だってミッシェルもバルタザールも、キリスト教ではとても尊い名前でしょうに。

ミッシェルは大天使ミカエルのこと。
欧米にはよくある名前で、アメリカならマイケルでドイツならミヒャエル、イタリアならミケーレだ。
一方バルタザールは、キリストがエルサレムの馬小屋で誕生したときに祝いの品を持って現れた賢者の名前だってさ。

せっかく高貴な良い名前をもらったのに、こんな不祥事で世界に名を馳せるとは。
キリスト様もきっと嘆いていることでしょう。

   亀の子だわし
Tawashi
神の子だワシ」 (イエス・キリスト)

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故郷の栄誉、その名も『大臣橋』

おらが村から生まれた千葉県の大臣がどれだけ偉いのかは先の水田大臣のをみてもわかるけれど、こちらは大臣就任記念に橋を架けちゃったケース。

 『大臣橋』
Daijinbashi_04

Daijinbashi_03
場所は千葉県加茂村(現市原市)、驚くなかれその名もずばり『大臣橋』だ。
親柱に堂々と『昭和38年郵政大臣就任記念』とある。
地元出身の故・小沢久太郎氏が池田内閣で郵政大臣になった記念に架けられたんだね。


大臣就任記念なんだから大きい橋かと思ったのに、意外にショボイって?
失敬な。
なら、これを見よ!


Daijinbashi_02
左の橋が新しく架けられた大臣橋。
写真で竹林の右側にみえる低いのが元々あった橋だ。


Daijinbashi_01
道は舗装されたし、こんな立派な橋になったじゃないか。

それに小沢大臣は帝大(現東大)土木科出身。
この前々年には「道路工学論」で工学博士になった橋梁の専門家なんだ。
多少苔むしたとはいえ、橋が崩れる心配なんかないっ。
きっと……
だから、補強なんかしてないもん。
全然してない。
崩れる筈がない。
たぶん。

【橋】
その名も粋なり『恋路橋』はこちら
伊豆・廃ループ橋跡はこちら
旧稲又川橋跡はこちら
君津・廃橋跡はこちら
君津の変な橋はこちら
朝日川・落合水路橋はこちら
中央線遺構・立場川橋はこちら
小海線大曲と駒頭石はこちら
ねずみの歩道橋はこちら

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与謝野晶子『山の動く日来たる』

昨日発足した菅第2次改造内閣で、たちあがれ日本を離党したばかりの与謝野薫議員が経済財政担当大臣の要職に就いたね。

A_yosano言うまでもなく与謝野議員は歌人与謝野鉄幹・晶子夫妻の孫で、父親も外交官という家庭の出身。
与謝野晶子さんの代表作といえば「君死に給ふことなかれ」だけれど、これをメディアはもじって「君血迷ふことなかれ」なんて彼を非難しているけれど、どうなのかな。

確かに現在の議席は自民党の比例代表で得たものだから、そういう非難は甘んじて受けなければならないんだろうけれど、政治家にとって議席や政党は政策実現のための手段に過ぎないもの。
かねて財政再建論者、簡単に言えば「増税止むなし」との説を主張する与謝野議員にとって、現在の大幅赤字国債に頼るような国政は、自身の残りの政治生命を考えても到底看過できなかったんだろう。
例え次の選挙で選挙民から辛い審判を受けるとしても、国のためには憎まれても今やるしかないというのが彼の信念なんじゃないの。

与謝野晶子さんはこんな作品だって残してるんだ。
山の動く日来たる

「山が動いた」という名言を吐いたのは土井たか子さんだけれど、そもそも国会議員は国のために働かなくっちゃ。
地元に新幹線の駅や、橋を架けることばかりに汲々として赤字を増やしてきた自民党のセンセーにとやかく言われる筋はないさ。

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明治の香り 曾呂尋常小学校

鴨川の山の中、街道沿いの小さな集落に今にも崩壊しそうな木造廃校舎の学校が建っている。
明治7年に建てられたという歴史ある校舎。
その名も曾呂(そろ)尋常小学校分教場という。

いま城西大学等中心になって保存運動が行われているとのことだが、その城西大学の創設者が地元で代々村長を務めた名家の出である元大蔵大臣の故水田三喜男氏だ。
その水田三喜男氏自身も学んだ木造平屋建ての校舎は、昭和42年に廃校となってからもう40年以上の時が経ち、残念ながら窓ガラスも割れかなり荒廃が進んでいる。

・再訪記事はこちら

 曾呂尋常小学校分教場
Soro_04

Soro_01

Soro_02

Soro_03


なお、教場近くの山の上にある水田大臣の生家は国の登録有形文化財に登録されていて見学することができる。
Soro_05

Soro_06


校舎内は立ち入り禁止なので外から撮影した動画はこちら
                

・天国に一番近い小学校はこちら
・佐倉の志津小学校青菅分校はこちら
・杉木立に眠る、神田小学校宇連分校はこちら
・諏訪市の湖南小学校後山分校はこちら
・北杜市の江草小学校はこちら
・身延の五箇小中学校はこちら
・廃校になった高松分校はこちら
・学童像のある川合尋常小学校はこちら
・金次郎だけが残った上平山小学校はこちら
・春野町の川上小学校はこちら
・天竜の石神小学校はこちら
・早川町の硯島小中学校室畑分校はこちら
・上州・譲原小学校はこちら
・白井市の平塚分校はこちら
・設楽町の八橋小学校はこちら
・設楽町の中設楽小学校はこちら
・東栄町の粟代小学校はこちら
・東栄町の小林小学校はこちら
・東栄町の月小学校はこちら
・設楽町の神田小学校はこちら
・設楽町の名倉中学校はこちら
・設楽町の清水分校はこちら
・北杜市の和田分校はこちら
・小海町の松原分校はこちら
・上野原市の小和田分校はこちら
・上野原市の安寺沢分校はこちら

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日本全国、伊達直人さん

Tiger_mask各地の児童養護施設に「伊達直人」を名乗る篤志家がランドセルなどのプレゼント。
いまやもう、日本全国「タイガーマスク現象」のよう。
その内容は様々だけど、でもいいことだよねえ。
世の中不景気だけど、まだまだ日本は捨てたもんじゃない。

で、一番最初はランドセル10個。
でも次に伝えられたのは6個だって。
これってなんか、半端じゃない?
Shikahu_2そう思ったら、これは箱に入れたランドセルを積み上げてプレゼントしたからなんだね。
つまりきれいに積み上げると、10個の次はどうしても6個になっちゃう訳だ。
こういう美を意識するところも、なんか日本人的?

ところで直人といえば、もう一人の(菅)直人クン。
野党どころか民主党内部からも追求され、官房長官人事で頭を悩ませているらしい。
なんだ、それなら身近に適任な人がいるのにねえ。
「出来うることをやって玉砕はいいが、支持率が悪いから辞めるなんてあり得ない」と給う、夫人の伸子さんさ。
彼女なら、官房長官よりむしろ総理のほうが適任かも。

ちなみに伸子さん、「首相と再び結婚するか?」との外国特派員からの質問に、
もう一回同じことをしても面白くないから結婚しません」と明言したそうな。
さすが、一国の宰相じゃ。
うん?
あ、まだ宰相夫人なのか。

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マディソン イヤ 長生郡の橋?

房総の快適な丘陵を走っていたら、「日本酪農発祥の地」という看板が眼に入った。
へーえ、酪農って千葉県が最初なんだ。
千葉県酪農のさと」という所なんだけど、話はそっちじゃなくて、ここにあった橋のこと。

飛んでも渡れそうな小さな渓流に掛かった木製の橋なんだけど、なんと屋根がついているんだ。
日本ではこういうの珍しいよね。
マディソン郡の橋』ならぬ、『長生郡の橋』ってか?

Madison

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サイフォンの原理を勉強しよう

千葉の久留里街道・旧道「名殿」の辺り、久留里線の上を橋で渡る。
そこから線路を見降ろすと、珍しい水路を見ることができるのだ。

 サイフォン水路1
Siphon_01_2
これが跨線橋から見下ろしたところ。
線路の両脇に古ぼけた塔が二つ見えるでしょ。
これがサイフォンの塔なんだね。
左の塔から右の塔へと線路の下を水が流れてる。


 サイフォン水路2
Siphon_02
かなり古びているけれど、上流のヤブを探ってみると暗渠の水路があったし、まだちゃんと稼働しているようだ。
新しく線路を敷設したところ、元々あった水路にぶつかってしまったらしい。
それでこんなサイフォンを作る羽目になっちゃったんだろうね。

え、サイフォンの原理なんて忘れちゃった?
小学校で習ったでしょうに。
大気圧のせいで、途中に上下があっても水が流れるというやつだよ。
         ここの場合こんな感じで山から田へ。
Siphon2
実験じゃなく、こんな大きい実物を見られるのはうれし~☆

(※コーヒーのサイフォンは、加熱による気圧の変化を利用してるもの)

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背高のっぽトンネル

ロウソク・トンネルに続き、今度は同じ富津の背高のっぽトンネルだ。
ほんと千葉にはユニークなトンネルが多い。

 富津の背高のっぽトンネル (いずれも拡大します)
Noppo_01
大きな岩山をくり抜いて掘られた、超・背高のっぽトンネル。
すごいでしょ。
これでも「頭上注意」って (~_~;;

どのくらい高いか、伝わらない?
じゃあ、これならどうだ。

 クルマと比較(反対側から)
Noppo_02
ほら、反対側はもっと高い!
クルマと比べ、はるかに上方にある高い天井。
この隘路、まるでヨルダンのペトラ遺跡みたいじゃない?
高すぎる!
だいたい、4チェ・ホンマンくらいあるよね。

火事の際、ハシゴ車でも通ることを考えたのでしょか。
伸びすぎたのは~ あなたの背~よ♪

実際にトンネルをクルマで潜ったよくわかる動画はこちら
                

Noppo_03ss茂原の背高のっぽトンネルはこちら

Sankaku_02ss長南町の三角トンネルはこちら

Shikaku_02ss市原市の四角トンネルはこちら

Gokaku_02ss市原市の五角トンネルはこちら

藤野市の卵形トンネルはこちら

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お馬カーな出来事

岐阜県笠松町で行われた地方競馬で、なんとレース中に走路整備車2台が誤ってコースに進入し、レースが不成立になっちゃったんだそうだ。

なんでも委託業者が1800mのレースを800mと勘違いして整備車をコースに入れてしまったということだけど、懸命に走っていた馬だってビックリしただろうね。

「馬のレースの筈なのに自動車が入るなんて……
もう、馬カー」なんて。

Keiba
(C) Odds Park

笑ウマい。
でも今回はウマく避けたけど、きっとトラウマになっちゃう。

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ロウソク隧道の炎

千葉ってそんなに高い山はないけれど、実はトンネルの宝庫。
しかも手掘り隧道(トンネル)が多いんだね。
そのせいなのか、なんか形が変。

 富津のロウソク隧道
Rousoku_01

Rousoku_02
これは富津市・戸面原(とづらはら)ダム近くにある手掘りのトンネル。
ガードレールがあるように立派な車道なんだけど、この形はどうみてもロウソクの炎でしょ。
たまたま自然の岩盤がそうなんだって?
じゃあ、こっちはどうだ。


 君津のロウソク隧道(右:内部から)
Rousoku_03

Rousoku_04
こちらはもう廃道でクルマは通れない。
手掘りなのにテッペンが異常にとんがっている。
奥は五角形、手前の坑口の形はやはりロウソクの炎みたいだ。

え、ロウソクに火をつけるって?
ちょいマッチ

実際にトンネルを歩いて撮影したよくわかる動画はこちら
                

出口の見えないトンネルはこちら
通れないトンネルはこちら
水のトンネルはこちら
大人だって怖いトンネルはこちら
旧笹子トンネルはこちら
大崩海岸・石部トンネル跡はこちら
明治・大正・昭和・平成トンネルはこちら
富津の背高のっぽトンネルはこちら
茂原の背高のっぽトンネルはこちら
長南町の三角トンネルはこちら
市原市の四角トンネルはこちら
市原市の五角トンネルはこちら
藤野市の卵形トンネルはこちら
埋もれた山伏隧道はこちら
市原の天井抜けトンネルはこちら
市原のフニャトンネルはこちら
君津の急傾斜トンネルはこちら
日本一短いトンネルはこちら
松姫湖の水没トンネルはこちら
横須賀の背高のっぽトンネルはこちら
横須賀のトンネル交差点はこちら

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おかげさまで7周年

"若き日のピー"

P_09b

2004年1月5日にスタートしたこの『たなぼた』は、今日7回目の誕生日を迎えました。
みなさんのご愛顧に深く感謝します。
ありがとうございました。

これからもどうぞよろしくお願いしますニャー

Ani_neko_run2


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そうだ、アメリカ行こう!

 太平洋へと続く道
Kanaya_rail_01
海沿いの街道から坂を降りて行くと……
耳に響くこの音は、潮騒だ。
そう、まるで塩サイダー
そこには海へと続くレールがあった。

そうだ、アメリカ行こう!

海岸で開眼したのだ。

Kanaya_rail_02
と、思ったけど……
その突端は切れ落ちている。

うーん
危ないし、冷たそうだから、やっぱり日本にいよ。

                 (千葉県・金谷にて)

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富津岬に戦争の痕跡をみた

東京湾に房総側から突き出した富津岬の砂洲は千葉県立公園になっていて、休日には多くの市民に親しまれている。
しかしここは明治時代に要塞司令部が置かれた所で、今も各所に物騒な軍事関連の遺構が残されているのだ。

 中の島
Futtsu_01
岬の中央には濠を掘って海水を引き入れ、小高く築造した中の島がありそこには元洲砲台の跡が残されている。


Futtsu_02
公園内には昭和天皇が植樹されたという黒松の木があるが、こちらは「お手植えの松」ならぬ「お倒れの松」。

だから樹の上で睥睨しているのは、きっとサギに違いない。


島の上部
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島の周囲にはまるで西洋の城塞みたいな石造りの垣が並ぶ。

Futtsu_04
こちら、島上部に残された丸い石組みは観測所の跡らしい。


 弾薬庫と煙突
Futtsu_05
中腹にある赤い煉瓦造りの小部屋は弾薬庫で、安全のため上部には土が被せられている。


Futtsu_06
朽ちた換気煙突が2本。
戦の息吹を今でも吐き出しているかのようだ。


 監的塀と射入窖
Futtsu_07
松林の中で左右に分かれて並ぶのは、演習に使われた監的塀と言われるもの。


Futtsu_08
その細長い射撃口の延長上には、弾丸が撃ち込まれる射入窖が待ち受ける。
もっともその前にはすでに戦争を知らない若木が育ちつつあるけどね。


 南を向いた警戒哨
Futtsu_09
警戒と共に、窓から砲弾の着地(着水?)確認の役目もあったらしい監視所。
上の監的塀&射入窖(東西)とは異なり、南の海を向いている。


Futtsu_10
命中度を確認するためのものというが、昭和のものらしい。


 北を向いた警戒哨
Futtsu_11
一方、こちらは逆に北の海を向いた監視所。
対岸に白く見えるのは、東京電力の発電所や新日鉄・君津かな。


Futtsu_12
観測壕の窓から見える中央の小島は、東京湾防御のため作られた第一海堡と呼ばれる人工島になる。

しかし危険な島だね、
こんな島内で暮らしとーない

【戦争遺構】

・茂原の掩体壕はこちら
・州ノ崎の試射場跡はこちら
・府中の米軍通信基地跡はこちら
・丹沢に墜落した戦闘機のエンジンはこちら
・三芳村の桜花カタパルト跡はこちら
・柏の燃料庫跡はこちら
・大月の監聴音壕はこちら
・サイパン帰りの戦車はこちら
・焼夷弾と戦った墓石はこちら
・野島公園の掩体壕はこちら
・横須賀の砲台山はこちら
・砲弾を抱えた狛犬の神社はこちら
・かもめ団地の試射場はこちら
・剣崎の探照灯庫跡はこちら
・剣崎の砲台跡はこちら
・披露山の砲台跡はこちら
・三浦半島・諸磯崎洞窟陣地はこちら
・追浜の海軍格納庫はこちら
・二川のトーチカ跡はこちら
・渥美半島福江観測所跡はこちら
・渥美半島陸軍気象観測塔跡はこちら
・習志野の支那囲壁砲台はこちら

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おめでとうございます

Fujisan2
              2010.12 精進湖から(拡大します)

    Kadomatsu2s Ani_buta_usagi2 Kadomatsu2s

  明けましておめでとうございます。
  本年も『たなぼた』をどうぞよろしくお願いいたします。
                          m(_._)m

                       平成23年元旦

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