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浜松に残る戦争の陰

浜松は戦争遺跡が多い町だ。

Hama_go_01
写真に見える左の広い道路は、「浜松環状線」という主要道。
右側の脇道に挟まれた雑草の中に、何やら古びたコンクリートの塊が見える。

Hama_go_02
かなり埋まってしまっているけれど、実はこれトーチカの跡。
トーチカはコンクリートでできており、内部に立てこもって穴から近づく敵を監視・銃撃するための軍事施設の一つ。
太平洋戦争末期、来たるべき本土決戦に備えて作られたんだね。

昨日、落としたトーチカで~♪
 今日は、仮寝の高いびき~♪

なんて、知らないか。


一方、こちらは普通の住宅地。
まだ畑も残る豊岡町という、浜松市の中でも静かな所だ。

Hama_go_03
その住宅の一角に、明らかに雰囲気を異にしたドーム型の建築物が見える。
まるでプラネタリウムのようだが、コンクリート製だしもちろんそんなことはない。
戦時中、この辺りには旧日本陸軍の飛行第七連隊があり、その痕跡の一つだそうだ。
爆撃員を養成していたことから、訓練の時に目標にされた掩体壕ではないか、という。

Hama_go_04
反対側から見てみると、ドームには入口が設けられ再利用されていることがわかる。
おそらくは倉庫代わりと思われるが、現在は個人の住宅になっているので近づけない。

ちなみにこの辺りは昔の「三方ヶ原古戦場」跡。
戦国時代、武田信玄と徳川家康の両軍合わせて4万近くの軍勢が激突。
家康にとって唯一の敗戦、そして歴史的大惨敗として有名な戦が行われた所なんだね。
傷心の家康だったけれど、でも家康の心は癒え易いから。Oo。(^.^)y-゚゚゚

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コメント

こんにちは~
毎日暑いですね。
ドームも、徳利も、どうも原発の「建て屋」に見えてしまうわ。
心の中の引っかかりがなせることでしょうか?
戦争のなごりが、いまだにあるのですね。

ええと、「昔」乙女のわたくしも、トーチカの歌は知らなかったわ。

投稿: hicha | 2011.07.13 10:22

これは昔乙女さん
おはようございます。

そうなんです。
僕も正直言うと、あのを配水塔を見たときはスリーマイル島を思い出してしまいました。
「本人」に責任はないのですが、そんなもの連想されて可哀想。

原発騒動、子どもたちのためにも早く収束(終息)して欲しいですね。

投稿: ピーちゃんの身元引受人 | 2011.07.13 10:40

くにを出てから幾月ぞ ともに死ぬ氣でこの馬と
  攻めて進んだ山や河 とった手綱に血が通う

の二番でありますね。ピーちゃんの身元引受人殿!

「愛馬進軍歌」ありがとうございます!

投稿: | 2011.07.15 00:18

さすが、リサーチ惑さん

父親が騎兵出身だったので、この唄は良く聞いた思い出があるんです。
子どもの頃、山中湖のレンタル乗馬に行った時、お店の人がそれ(騎兵)を知って引率なしで馬を2頭貸してくれました。
並足、早足、駆け足の違いを教わり、自由に走り回ったことが忘れられません。

投稿: ピーちゃんの身元引受人 | 2011.07.15 05:26

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