桂川・水路の旅(5)
【河口湖】
桂川・水路の旅(4)から続く。
突如、河口湖に来た。
前に(2)で桂川(相模川)の源は山中湖と書いたが、実はこれ正確ではない。
というのも、桂川には河口湖からも水が流れ込んでいるからだ。
それを確認してみよう。
山中湖と違って流れ出る河川を一つも持たない河口湖は、古来長雨が続くと水位が上がり、氾濫を繰り返していた。
湖畔のホテル等が水没、大きなニュースになったことを思い出す人も多いのでは。
右に見える水位ゲージをみると過去には最大3m以上も増水したことがわかる。
3mじゃ、津波級だ。
そのため古くは江戸時代から灌漑の目的もあり富士吉田に水を抜く手掘りの掘抜(トンネル)が掘られていて、これを現代に伝える新倉掘抜史跡館が今も観光スポットとして河口湖畔にある。
それでも繰り返す氾濫を防ぐため、昭和になってからはさらに大掛かりな放水路が作られ恒常的に河口湖の水を桂川へと導くようにされたんだね。
一番左の石柱に彫られた『転禍為福』(災い転じて福と為す)という言葉に、氾濫に苦しんだ住民の心根が窺える。
遊覧船乗り場のすぐ脇、目立たない所に目指す桂川への東電水路入口はあった。
近くにはたくさんカップルや観光客が歩いているが、こんな所に目をやる者は誰もいない。
そして湖畔の道路を渡ると、反対側の道路下に水路の導水路口を見ることができる。
大正7年に竣工・通水した石造・鉄筋コンクリート造,長さ22m、幅23m。
正式名を『東電・鹿留発電所・嘯(うそぶき)水路呑口部』
全体が国の登録有形文化財になっている。
ここの標高約840m。
富士五湖で一番低い河口湖の水面は山中湖より140mも低い。
現場で撮影したよくわかる動画はこちら
↓
次は山を抜け出た向こうの水路出口を見てみよう。
--桂川・水路の旅(6)に続く--
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コメント
こんばんは。
桂川、興味深く拝見しています。地元で有りながら知らない事が一杯...です。
今月は休みなく手伝い、来月から夜間のアルバイトがプラス。行きたい滝が有るので旅費稼ぎに専念します。
投稿: chiponeko | 2012.05.28 21:03
chiponeko さん
ありがとうございます。
山梨は広いのでこの辺りはchiponeko さんとことはだいぶ離れた地域だと思いますが。
水路探索の途中で、また旧中央線の廃隧道を見つけたり……
ほんと山梨は興味深い所であります。
投稿: ピーちゃんの身元引受人 | 2012.05.29 05:26