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中央線遺構・旧笹子トンネル

旧横吹第2トンネルから東京へ向かうと、有名な笹子トンネルを通過する。
笹子トンネルは1903年(明治36年)に開通した。
全長4656m、レンガおよび石だけで造られていて完成当時は日本で最長のトンネルであったという。

このトンネルは現在も下り線として使われている現役なので正確には「遺構」ではないが、その坑門には歴史的に価値がある扁額が残されている。
それを見に行こう。
ただしそこは天下の中央本線。
トンネル近くは立ち入り禁止で近づけないので望遠レンズで撮影した。

Sasago_01

Sasago_02

これが笹子側の坑門。
坑門上部に掲げられた扁額には『代天工』の文字。
山縣有朋が揮毫したものだ。
「天に代わって工む(たくむ:工事する)」という意味の言葉で、「人間の力は天然にも優る」という気概が込められているそうだ。
長州出身の山縣有朋は、陸軍大将、そして元帥。
さらに内閣総理大臣、枢密院議長も経験した明治の元勲だ。
椿山荘はこの人が作ったんだね。


Sasago_03

Sasago_04

こちら東京側には千円札にもなった伊藤博文が揮毫した『因地利』の文字。
「地の利に因って」という孟子の言葉で、「地の利を生かす」という意味があるそうだ。
山縣有朋と同じく明治政府の重鎮である伊藤博文、世が世なら足軽で終わった筈が初代の内閣総理大臣、貴族院議長まで務めた。
ハルピンで韓国の民族運動家に暗殺されたという非業の最期も明治の偉人らしい。

当時すでに完成していた東海道本線が万一他国海軍からの攻撃を受けた場合の代替輸送路として、国家的プロジェクトとして中央本線は建設されたんだね。
だからアブト式も検討されたものの防衛上の観点から当時の軍部の強い後押しもあってこんな長大トンネルが掘られた訳。
そうした歴史的経緯を知ると、たかがトンネルの扁額にこれだけの明治政府の偉人が筆を下ろした理由がわかってくる。

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コメント

こんばんは。
アルバイトから帰ってきて一息ついた処です(^^)
懐かしいです、ここは何度もあるきましたよ。内部側壁の煉瓦、結構と痛んでいますね。あちらこちらで剥離しているので、補修が大変でした。通信のケーブルを引き留めるのに振動ドリルで作業をするのですが、うっかりすると剥げ落ちてきたり、新し煉瓦だと穴が開かなかったりと苦労しました。
トンネル内は意外と狭くて、退避講は高さ2mくらい、奥行き1mくらいですね、その中に逃げ込むのですが、列車の風圧は物凄く、体を丸めて小さくなっていないと、吸い出されてしまいそうになります。時には排水溝に逃げ込んだ事もありましたよ。そんな思い出がある笹子トンネルです。

投稿: chiponeko | 2012.07.27 23:43

chiponeko さん
うわ
貴重な体験談、ありがとうございます。
すごい経験をされているんですね。
あれだけ長いトンネル内での作業、タイヘンだったんでしょうね。
吸い出される感覚……
軽薄な外部の探索者には思いも及びません。

投稿: ピーちゃんの身元引受人 | 2012.07.28 05:01

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