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杉木立に眠る、宇連分校(後編)

宇連分校(前編)から続く。

Ure_03
設楽町立・神田小学校宇連分校は昭和22年に教師1名、児童14人で開校。
児童数は少ないが最寄りの集落まで11kmもあって通うのに3時間近くも掛かるというのでは、分校設立は止むを得ないことだったろう。
分校最後の年となった昭和42年にはわずか3名しか児童はいなかったそうだ。
閉校後はいったん本校の神田小学校に併合されたが、その本校すら今はなくなった。


Ure_22
普通の人家程度の大きさでしかないが、この建物が学校の本校舎。
校庭だってないけれど、雨が降っても屋内運動すらできる空間は到底ない。


Ure_04
校舎の床は抜け、危うげな鴨居には気休めのつっかえ棒が立てられていた。
それでも壁に残された貼り紙が、わずかにここが学校だったことを思い起こさせる。
(マウスを置くと画像が切り替わります)


Ure_05
隣にはもうひと棟、小ぶりの建物が残っている。(右側)
住み込みで教鞭を執っていた先生の居住用だったそうだ。
だからこちらには竃(かまど)や押し入れなど、生活の跡が見られる。
軒下には一升瓶や洋酒の瓶が残されていたが、こんな淋しいとこ、酒でも呑まなきゃやってられないよね。
(マウスを置くと画像が切り替わります)


Ure_21
かつて分校で学んだ子供たちに思いを馳せ、帰路についた。
と、行きには気が付かなかった鳳来湖の大岩壁が見送ってくれた。
すごいスケールだな。
大月の岩殿山を思い出す。
そういえば、この辺りはロッククライミングの名所だったっけ。
またいつかね。


現場で撮影したよくわかる動画はこちら
                

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コメント

おはようございます

これはまた凄いものですねえ・・・。こんなことを言ってはナンですが、日本でなく、東南アジアの最貧国の写真や映像かと見間違えるほどです。

今度大きな台風が来たら吹っ飛んでしまいそうで・・・。動画の中で、一部の柱が揺れているように見えたのは気のせいでしょうか?

撤去するにもカネが掛かるから放置するしかないんでしょうけど、歴史的にも価値があるのに、勿体ないですね。

それにしても、こんなところまでよく入って行くもの、と毎度驚かされます(*^^)v

投稿: poohpapa | 2012.12.19 07:09

poohpapa さん
おはようございます。

>動画の中で、一部の柱が揺れているように見えたのは気のせいでしょうか?
おどかさないでくださいよ。
それでなくてもビクビク、へっぴり腰で探索しているんですから。

こういう遺構(?)、年月と共にどんどん解体されてなくなってしまうのが悲しいです。
やっと訪ねたらもうなかった、というのは数知れず。
あと10年早く行動を起こしていれば、といつも思います。

投稿: ピーちゃんの身元引受人 | 2012.12.19 08:02

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