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教来石村の教来石(北杜市)

北杜市の白州町、かつての教来石村は戦国武将である教来石氏が治めたところ。

Kyouraishi_01
その部落外れ、お墓がきれたあたりの畑の中には実際に「教来石」という大きな石が安置されていた。
大昔、大和武尊(やまとたけるのみこと)が座ったという石だが、高すぎて簡単に上がれるようなレベルではない。


Kyouraishi_02

Kyouraishi_03
石の上にはこれまた石造りの祠が安置されている。
何か文字が彫り込まれているようだが、近づけないので何て書いてあるかはわからなかった。

ちなみに教来石は(きょうらいし)と読む。
先に石があって、そこに土岐氏の一族が転封となり、地名の教来石を名乗ったんだそうだ。
実は本来、「教来石」は「経来石」と書き、(へてこいし)というのが正しい読み。
ところがいつか、きょうの字を「経」から「教」に書き誤ったため、読みも(きょうらいし)になってしまったんだとか。
でも、教来石氏(きょうらいしし)なら強そうだけど、経来石氏(へてこいしし)じゃあ、なんか弱そうだものな。
「さあ、へてこいし、掛かってこい!!」なんて。
案外、意図して間違えたことにしたのかも。

現場で撮影したよくわかる動画はこちら
                

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コメント

読み解きますと・・
元々経来石(へてこいし)が有った土地にお国変えで土岐氏の
一族がやって来て教来石を名乗った・・
その時にへてこいしでは聞こえが悪かったので
ちゃちゃっと石の名前を変えてしまった。
と言う事ですね。
日本武尊が座った石の名前を変えちゃって良いの?
と思うのですが。
豪族の考えることは今となっては判りませんね。

投稿: いはち | 2013.08.12 11:56

いはちさん

そうそう、その通りです。
読みが同じであるものの字が変化してしまったというのは良くありますが、字を変える振りして読みまで変えたとすれば、なかなかの手練れでありますな。
だって、土岐氏そのままならともかく、「へてこいし」なんて新しい名字、やっぱりやだもんね。

投稿: ピーちゃんの身元引受人 | 2013.08.12 12:39

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