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大正・医師の誇り「菅谷医院」

屋代小学校から国道403号を西進。
かつて北国西街道と呼ばれた道で、市内から沿道には歴史を感じさせる建物が目に付いた。

Sugenoya_01
稲荷山という地区で見掛けたこの灰色の建物。
看板には『菅谷(すげのや)医院』とあり、診療時間も書かれていることから現役の医院であることがわかる。


Sugenoya_02
関東大震災以降、松本市などに多く見られた「看板建築」と呼ばれるものだそうだ。
建物の全面をモルタル等で造り、その表面に看板を付けているようなフォルムなので、そう名付けられたとか。
残念ながらこの建物は大正末期の建設というだけで細かい完成日や資料はわかっていない。


Sugenoya_03
これがかつての正面入口だが、現在医院の入口は隣に別棟のほうに移動されたとのこと。
蒲原の歯科医院が連想されるが、昔の町医者ってすごかったんだな。

なおこの建物はいま現在、国からも、長野県からも、また千曲市からも何も指定を受けていない。

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コメント

まさに大正ロマンと言った感じの造りですね。
私の周りにある医院でこんな感じの建物が有るのですが
もう辞めちゃっているか、大きくなって鉄筋コンクリート
の建物で大々的に開業しているかです。

個人的には廃業、或いは移転して使われなくなった
病院を見るのが好きなんですが。
当時はモルタルが流行して,更に装飾を施すのがナウかった
のでしょうね。

投稿: いはち | 2013.08.06 11:15

いはちさん

財政的に余裕があるからなんでしょうけれど、こんな建物を残したままでいてくれるところが偉いですね。
でも、僕は病院は苦手。
東伊豆の廃病院の探索結果もあるんですが、まだ記事にできないでいる……

投稿: ピーちゃんの身元引受人 | 2013.08.06 11:21

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