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【廃村】天久保集落・前編(早川町)

レール跡が残る春木川から、早川越しに北側の山を遠望している。

Sorakubo_01
山の麓に固まっているのは薬袋(みない)という集落だが、そこは見ないでもっと上の矢印の方へ目を移して欲しい。
実はこの上のほうにもかつて小中学校を擁していたほどの集落があったのだ。
集落の名前を天久保(「そらくぼ」、または「てんのくぼ」とも)といった。


Sorakubo_02
早川町役場脇から急な狭い山道を登っていく。
道脇の苔むした階段を上がると、そこが狭いながらも集落と五箇小中学校があった場所。
整理された石碑の中には、学校の象徴だった二宮金次郎の像も。
(マウスを置くと画像が切り替わります)


Sorakubo_04
五箇小学校は1890年(明治23年)創立。
一方、五箇中学校のほうは1947年(昭和22年)に小学校に併設。
1968年(昭和43年)にその歴史を閉じた。
かつては校庭だったであろう広場にも今は杉たちが伸びている。
奥に行くと、神社があったのか、石段がまだ残されていた。


Sorakubo_05
もちろん集落に田圃はなく、農地は狭い畑だけ。
山仕事・林業が主体で、土木作業に出て稼いでいた家もあったという。
ここは流しだったのだろう。
トイレの跡もあった。
撮影に気を取られて落っこちたら悲惨なことになる。
(マウスを置くと画像が切り替わります)


Sorakubo_07
廃村にはつきものの一升瓶。
なぜか、これを見るとほっとする。
ここにも確かに生活の息吹があったんだな。

現場で撮影したよくわかる動画はこちら
                

天久保廃村後編に続く。

・足柄上郡 高松分校はこちら
・明治の香り 曾呂尋常小学校はこちら
・天国に一番近い小学校はこちら
・佐倉の志津小学校青菅分校はこちら
・杉木立に眠る、神田小学校宇連分校はこちら
・諏訪市の湖南小学校後山分校はこちら
・北杜市の江草小学校はこちら
・廃校になった高松分校はこちら
・学童像のある川合尋常小学校はこちら
・金次郎だけが残った上平山小学校はこちら
・春野町の川上小学校はこちら
・早川町の硯島小中学校室畑分校はこちら
・上州・譲原小学校はこちら
・白井市の平塚分校はこちら
・設楽町の八橋小学校はこちら
・設楽町の中設楽小学校はこちら
・東栄町の粟代小学校はこちら
・東栄町の小林小学校はこちら
・東栄町の月小学校はこちら

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コメント

天久保・・天に近い所にある窪地にあったから
その様な名前が付いたのでしょうか?
それにしても小中学校があったなんて、当時としては
人口密度も高かったのでしょうね。
確かに廃村には一升瓶がつきものですね。
私も何故か一升瓶を見るとホッとします。
この二の金さんのデザインは新しい様な気がします。

投稿: いはち | 2013.09.27 13:35

いはちさん

>この二の金さんのデザインは新しい様な気がします。

え もしかして、二宮金次郎のまがいもの?
じゃあ、金次郎じゃなくて「キンタロー。」かも。

投稿: ピーちゃんの身元引受人 | 2013.09.27 13:53

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