富士川町の藤村式建築・旧舂米学校
ここは山梨県富士川町立増穂小学校。
左手の瀟洒な建物は1876年(明治9年)に建てられた旧舂米(つきよね)学校という。
上記・増穂小学校の中にある。
この建物を目印にして訪ねたら、どうやら学校の裏手に来てしまったらしい。
どこが受付かわからなかったので、勝手におじさんは入ってしまった。
ちょうど学校は休み時間。
しかし素直な子供たち、入ってきたのが高貴な紳士だったので、一人も先生に言いつけるようなガキはいなかった。
こちらが建物正面。
現在は民族資料館として公開されているそうだ。
←都留市に保存される旧尾県学校と良く似てる。
それもその筈、いずれも藤村式建築と言われる同じ疑似洋風建築なのだから。
藤村式というのは当時の山梨県令・藤村紫朗の命で計画されたことから名付けられた建築様式のこと。
ちなみに「舂米」の「舂」の字は「春」(はる)」ではない。
下の「日」の部分が「臼」になった、かなりマイナーな字。
だから「舂米」は「つきよね」と読む。
言うよね~☆
玄関上部と繋がった建物正面2階のバルコニーが印象的な木造2階建て。
ここでもバルコニーの曲線屋根や、縦長の上げ下げ窓、開口部上部のファンライト風の半円形意匠など洋風建築の要素が取り入れられている。
この建物にも屋根には六角形になった白漆喰の太鼓楼が備えられているのだが、特徴的なのは屋根上部に「シャチホコ」が据えられていること。
学校にシャチホコって…… 見たことない。
どうだい、このシャチホコった様子。
現場で撮影したよくわかる動画はこちら
↓
・都留の旧尾県学校校舎はこちら。
・勝沼の旧山梨田中銀行はこちら。
・土浦の土浦中学校はこちら。
・山梨の旧室伏学校はこちら。
・都留の種徳館はこちら。
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