夢と消えた佐久間線遺構の旅(1)
佐久間線はかつて静岡県の旧国鉄二俣線・遠江二俣駅から長野県の飯田線・中部天竜駅とを結ぶ路線として計画された鉄道。
約35kmの路線を橋梁20か所、トンネル14か所で結ぶ計画だった。
しかし国鉄からJRへの移行に伴い、路盤が約50%完成したところで工事は打ち切りとなった。
(C)天竜浜名湖鉄道
静岡県浜松市にある「天竜二俣駅」は天竜浜名湖鉄道の中心で、1940年(昭和15年)に開業されたという由緒ある駅。
構内にあるこの給水塔は国の登録有形文化遺産に指定されている。
他にも扇形庫や転車台などの遺産があるが、構内にあるので手続を取らないと見ることはできない。
上記のように、その天竜二俣からかつて北に延びる路線計画があった。
その中にはトンネルや橋梁など現存している遺構も数あるという。
そんな工事半ばで夢と消えた「佐久間線」の遺構をいま見られる限り探ってみよう。
かつての路線は駅からまず北東部へ大きくカーブしていた。
天竜二俣駅から500mほど。
今では住宅が並ぶそんな一角の駐車場奥に、何やら穴が開いている。
これが佐久間線最初のトンネル「白山トンネル」の入口だ。
市街地だし、もちろん危険防止のためネットで完全封鎖されている。
今度は山の反対側(北側)に廻ってきた。
こちらはまだ山林のままになっているので坑口は自然の中に埋もれている。
当然のごとく、こちらもフェンスで封鎖。
脇には「1974-3」(昭和49年)の文字が刻印されていた。
竣工年月を現しているのだろう。
ちなみにこのトンネルは唯一内部で大きくカーブしているので奥は真っ暗だ。
「白山トンネル」を出るとその先は明らかに鉄道由来の盛り土による堰堤が続き、阿蔵川という小さな川を渡る「阿蔵川橋梁」に続く。
橋梁には「昭和47年竣工」(1972年)の工事銘板が貼られていた。
夢と消えた佐久間線遺構の旅(2)に続く。
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コメント
この路線は
天竜二股駅から秋葉街道沿いに走る予定だったのでしょうか。
グーグルでは天竜二股駅がはっきりと見られないのが
残念ですが、駅としては
色々楽しめそうな駅です。
あと十数キロを残して中断してしまったのですね。
JRって冷たい会社。
投稿: いはち | 2013.11.14 15:00
いはちさん
元々工事は超困難、加えて採算の取れない「政治路線」だったようで、国鉄からJRになったのを機会に切り捨てられてしまいまいした。
それまでも最後の数年は、地元政治家の顔を立てるだけの細々とした工事しかやっていなかったようですね。
悲しい未成線なのであります。
投稿: ピーちゃんの身元引受人 | 2013.11.14 16:10