夢と消えた佐久間線遺構の旅(6)
夢と消えた佐久間線遺構の旅(5)より続く。
「根津トンネル」は前編で書いたように結局未貫通のまま。
しかし地形図をみると、出る筈だった北側坑口の位置はほぼ推測がつく。
そしてそこには佐久間線最後となるトンネルの南側坑口もある筈だ。
国道152号線から沢渡林道へと分け入った。
といってもたかだか100mほどで林道は終点。
そもそもこの林道自体、トンネル工事のため拓かれたものなのかも知れない。
それまで続いていた路肩のガードレールが突然コンクリートのものになった。
なぜならこれは林道のためなのではなく、もうトンネルそのものなのだ。
急傾斜を迂回しながら沢へ降りて行くと、ほらトンネルの坑口が見えた。
これが現存する佐久間線最後となる「谷山トンネル」の南側坑口になる。
しかし坑口がフェンスで完全封鎖されているのはもう見えているうえに、上の道から不法投棄されたゴミが激しく散乱していて近づく気が起こらなかった。
ちゃんとしようよ>日本人
そして沢を挟んだ反対側を振り返る。
この山肌には「根津トンネル」の北側出口が口を開ける筈だったが、残念ながら何もその痕跡を見つけることはできなかった。
なんて、もちろん未貫通なのがわかって書いているんだけどね。
手前のトンネルが未貫通で先のトンネル工事が進んでいるというのは奇妙だが、前に書いたようにこの佐久間線は順番に工事が進められたのではなく、あちこちでバラバラに工事されたからだ。
再び国道に戻ってさらに北上。
谷山という集落でトンネルは顔を出す。
その名も、「谷山トンネル」だ。
国道からすぐ上の部分にあるのだが道路から直接見通せないので、実は案外知られていない。
下部に古いコンクリートの法面があるので、「谷山トンネルは閉塞されている」などと書いたサイトもあるくらいだ。
例によってフェンスから覗いてみたが、内部には何もなし。
それでもここはちゃんと貫通している筈なので、わずかに吹き抜ける風が感じられた。
……ような気がした。
トンネルを出た先は国道とはかなりの高低差を持っていた。
(左下に国道が見える)
予定線は国道を陸橋で越えて対岸に向かったのだろう。
しかし見渡したところ、トンネルの先には特に鉄道関連らしい構造物はみられない。
実際、多くのサイトではここまでで佐久間線の工事は打ち切られたと書いてある。
果たして佐久間線はこの川を再び対岸へと渡ることはなかったのだろうか。
夢と消えた佐久間線遺構の旅(7)に続く。
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コメント
トンネル内に電線が張ってあるみたいですが
新しいそうですね。それとも環境が良いので劣化しない
のでしょうか。
続きが有ると言うことは・・この先に。
投稿: いはち | 2013.11.24 14:44
いはちさん
そうなんです。
僕は入りませんでしたが、過去に侵入されたかたがいて、そのリポートによると内部は分厚いコンクリートでいくつもの部屋のように仕切られているらしいです。
電線はそこでの「仕事」のため、後から架けたものでしょう。
何をしているのかはわかりません。
あと「続き」はあるんですが、ちと確認したいことがあるので、インクラインの件と合わせ、近くもう一度探索を重ねてからになる予定であります。
投稿: ピーちゃんの身元引受人 | 2013.11.24 15:16