鴨川灯台(荒島)

イシダイ釣りで人気の荒島は、別名『灯台島』。
鴨川港の先端で海域の安全を守る、その名も鴨川灯台が建っているからだ。。

Arashima_01
離れ島に立つ白亜円形の姿は、高さ11mと小型ながらも凛々しく見える。
初点(最初に点灯した日)は昭和29年(1954年)とあるから、もう60年以上も働き続けていることになる。
人間なら還暦過ぎの爺ぃだ。(うっせー)


Arashima_02
入口はきれいなタイルに覆われているが、これは昭和56年(1981年)に改築された時のもの。
野島崎等とは違い一般公開されてないのでもちろん中には入れない。


Arashima_03
離れ島なのになぜ行けたかというと、ちゃんと橋が架かっているから。
まるで列車の鉄橋を思わせる見事なトラス橋だ。


Arashima_04
橋はしっかりしているけれど、海風もあるしかなり傾斜があるのでちと心許ない。
メッシュで下が見えるのもヤダよね。


Arashima_05
それに……
下を見ると、テトラポッドの上には崩落した旧橋とおぼしく鉄の残骸が赤さびた哀れな姿をさらしているんだもん。
お疲れ様。

・稲取のトモロ岬灯台はこちら
・『灯台もと暗し』はこちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『古墳女子』にコーフン?

最近、女性もいろいろな趣味の分野で目立っているね。

『鉄子』とは、女性鉄道ファンのこと。
『空美』は逆に飛行機や空港が好きな女性。
『歴女』は、歴史好きの女性。
『スージョ』は、女性の相撲ファンのこと。
この辺りはわかりやすいけれど、気をつけなければならないものもあるね。

『マイラー』とは、マイルを貯めるのに熱心なひと……
ではなくて、歴史上の著名人のお墓をお参りする女性のことだ。
『山ガール』も単に登山好きなひとなのではなくて、これまでの登山姿とは異なるファッショナブルなアウトドア用衣料を身に着けて山に登る若い女性に限定されるそうだ。

Mozufuru_kofun
でNHKの『ヒストリア』によれば、最近増えているのが『古墳女子』なんだとか。
その名の通り、これは「古墳に目がなくて、日本中の古墳を訪ね歩く女性のこと」だって。
しかもこれに合わせ、全国各地の古墳所在地でオリジナル古墳グッズが大人気。
不人気と言われたトランブ・グッズ同様、売り切れ続出というから世の中わからない。

写真は大阪の『百舌鳥・古市古墳群』(もず・ふるいち・こふんぐん)のマスコット『ねくさふん』。
なんでも前方後円墳とイノシシをモチーフにしたネイルシートらしい。
ご先祖様も、まさかこうして遊ばれるとは思わなかったろう。

それにしてもこの『古墳女子』というネーミングは何のヒネリもないな。
これじゃ、誰もコーフンしないだろ。
怒って『憤女』に変身するか。

「ウンコ、踏んじゃった?」
「うん、古墳じゃった」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

次の『元号』は……

Heisei天皇陛下の生前退位がいよいよ現実のものになるらしい。
となると、注目されるのが次の『元号』だ。

メディアでもすでにたくさんの候補が挙げられている。
例えば、「安始」「新和」「平安」「平和」「平保」「平悠」「平平」「光成」「永成」「延成」「天成」「久成」……

どれもピンと来ないな。
それに頭文字が「M」や「T」、そして「S」というのも駄目というから限られる。
さらにこれまでの経緯からみて表沙汰になったものもみな排除されるというからややこしい。
それじゃ、予想もできないじゃん。

も一つ言われているのが大学名との関連。
すでに、「慶応大学」、「明治大学」、「大正大学」……
「昭和女子大学」や「帝京平成大学」なんていうのもあるな。
そこでささやかれるのが「早稲田」だけど、頭文字が「W」というのはなんかアルファベットの終わりで元気が出ない。

いずれにせよ、いつの時代も元号に政治の関与は避けられないような。
この平成時代にもやっぱり、へい!政治だい!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

騒音だってさ>除夜の鐘

Jyoyanokane大晦日の風物詩といえば「除夜の鐘」だけど、最近はこれが騒音問題になっているとか。
お寺によっては近隣住民と訴訟問題にまでなったりしてるらしいよ。
そんなんじゃ、鐘だって突かれ甲斐がないというもの。

なにしろ保育園の子どもの声だって騒音になる時代だから、仕方ない?
時代と共にお寺さんとの関係も変わってきたし、文化や生活習慣も変わるからね。

それにしても、世知辛い世の中になったものだ。
鐘が恨み辛みの原因だなんて、おっかねえ。
ま、ウチには鐘もなければ金もないから関係ないか。

そういえば神殿の鐘は騒ぎになってないけど大丈夫なの?
もしかして、死んでんのかね?

・松原湖の鐘はこちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【廃村】上七尾集落(富士川町)

山梨県の旧増穂町(現富士川町)七尾集落は、戸川沿いの渓谷から急傾斜の林道を登っていく。
戸川は富士川の支流で、渓谷沿いには大きな釣場がある。

Kaminanao_01
これが『上七尾集落』の入口。
右手が集落ということになる。
標高約660m、川沿いの分岐からだけでも100m以上登ってきた。
『上』があるのだから名前が示すように『下七尾集落』というのも別地区にあるが、こちらはまだ現住だ。


Kaminanao_02
伝えられるところでは、天文元年(1532年)から続いた集落だとか。
でも昭和54年(1979年)を最後に全戸が離郷となった。
これは一番形を保っている1軒。(2軒しかないが)
それでも深い竹林に囲まれ、そのうち埋もれてしまいそうだ。


Kaminanao_03
こちらは土蔵代わりだろうか、1階部分がかなり痛んでしまっている。
遠からず、朽ちてしまうんだろう。


Kaminanao_04
集落の傍らにはまだそう古くない自動車用エンジンが置かれていた。
ニッサンのA型だから、サニーあたりのものかな。
ここには電気は通じているので何かの動力用らしい。


Kaminanao_05
傾斜を登ると、すっかり苔に被われた石。
でもこの形は明らかに人工のもの。
みたところ、墓石か石灯籠?


Kaminanao_06
さらに登ると小さな祠があった。
扉ももうなく、本尊らしきものも見当たらない。


Kaminanao_07
その傍らにはすっかり放置されたお墓が見つかった。
ほとんどの墓石はすでに倒れたままだ。
「南無阿弥陀仏……」

現場で撮影したよくわかる動画はこちら
                

・君津市の追原廃村こちら
・奥多摩町の倉沢廃村こちら
・身延町の御弟子廃村こちら
・丹波山の高畑廃村こちら
・奥多摩町の峰廃村こちら
・甲州市の焼山廃村こちら
・千曲市の末地廃村こちら
・山梨の天久保廃村・前編こちら
・山梨の登尾廃村こちら
・山梨の柿草里廃村こちら
・秩父の茶平廃村こちら
・山梨の天久保廃村・後編こちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

発見! 旧『第三笹子川橋梁』写真

前に探索記事を書いた、中央線の第三笹子川橋梁
まだ旧線が健在だった頃の、古い写真が残されているのを見付けた。

Sasago_old
こちらが当時の絵葉書に残された見事なトラスの『第三笹子川橋梁』。
同じ中央線の大呼戸橋梁を彷彿とさせる。。

Sasago_new
こちらはほぼ同じ位置からの現在の状況
見えるのがコンクリート製の新橋で、旧橋はその向こう側になるが、もちろん橋部分はすでに解体されて現存しない。
まだ残るアーチの初狩側橋台(左側)は今すっかり林の中に隠れているが、昔は甲州街道からも良く見えていたんだね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

宮川橋のひと目富士(大月市初狩宿)

甲州街道は、言わずと知れた江戸から甲斐国(山梨)までつながる五街道のひとつ。
東海道とは違い富士山の北側を通るが、手前の山々に遮られて意外と富士山を見ることはできない。

Miyagawa_01
そんな中、大月市の初狩宿近くにある富士見の名所が『宮川橋のひと目富士』と呼ばれた場所。
宮川橋はその名も宮川に懸かる短い橋。

宮川は笹子川の支流で、やがて桂川、そして相模川となって太平洋へと注ぎ込む。
たまたまこの橋からだと山と山の間の方向にちょうど富士山が位置するんだね。
(振り返って撮影:右手が富士山の方向)


Miyagawa_02
何回もクルマで通った所だけれど、曇天が多く残念ながらこれまで一度も富士山が見えた試しがなかった。
ところが今回、ラッキーにもやっと見えた訳。
真ん中に見えるでしょ、雪を被った富士の頂が。


Miyagawa_03
道がカーブしているせいなのか、たまたま山と山の間という条件が成せる技なのか、ほんとうに富士山が見えるのは一瞬だけ。
だから、「ひと目富士」なんだね。
江戸時代の旅人も束の間の富士を楽しんだんだろう。
それもまたよし。
昔から日本人は富士山に憧れてきたからね。
『フジの病(やまい)』だもの、しかたない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【廃村】天久保集落・後編(早川町)

天久保集落・前編より続く。

前回の探索では、学校の跡や役場だった空き地に移された二宮金次郎の碑などは確認できたものの、周辺に集落跡は確認できず、もうないものと考えていた。
ところがそれから3年。
ついに見付けた。
集落はもっと離れたところにあったのだ。

Sorakubo_11
前回探索した学校跡地からスタートする。
「行って来ま~す」


Sorakubo_12
前回とは逆、西の方向に向かう。
小さな枯れ沢を渡り対岸に登ると、放置されたお墓跡が見つかった。
ということは、この近くに集落があったに違いない。


Sorakubo_13
その奥にはつぶれかかった家屋が一軒。
もはや雑木に被われ、周囲の樹々に溶け込もうとしていた。


Sorakubo_14
少し傾斜を上り、上手に向かうと立派な(?)メインストリートが現れた。
土手にはしっかりした石垣が残されている。
でも、石の組み方はかなり荒い。
こんな野積みで、よく長い間持ち堪えたものだな。
(マウスを置くと画像が切り替わります)


Sorakubo_16
ここにもまた雑木に被われ、潰れかかった家屋が一軒。
でも生活感はなく、これは物置か作業小屋だったようだ。


Sorakubo_17
上手には完全に崩壊してしまった家が屋根だけを残して佇んでいる。
雪の重みに耐えられなかったのかな。
周囲には水槽らしきものや、山の水を引いた水道の蛇口も残されていた。


Sorakubo_18
その隣には唯一一軒だけ本来の形を留めた二階建ての立派な家屋。
その規模から、ここの名主さんの家だったのかも。
もちろんすでに放置されたものだが、最も最近まで使われていたのではないだろうか。


Sorakubo_19
そして集落の入口には小さな祠。
長い間、村人の無事を見守ってきたんだろう。
ご苦労さまでした。

現場で撮影したよくわかる動画はこちら
                

・君津市の追原廃村こちら
・奥多摩町の倉沢廃村こちら
・身延町の御弟子廃村こちら
・丹波山の高畑廃村こちら
・奥多摩町の峰廃村こちら
・甲州市の焼山廃村こちら
・千曲市の末地廃村こちら
・山梨の天久保廃村・前編こちら
・山梨の登尾廃村こちら
・山梨の柿草里廃村こちら
・秩父の茶平廃村こちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新倉の集落(早川町)

山梨県の西部にある早川町は、日本で最も人口の少ない町。
その北部に位置する新倉(あらくら)は、かつて茂倉鉱山の基地として戦前まで栄えた集落。
いまはもうその賑わいはないが、家並みは昔の雰囲気をまだ良く残している。


 クリックすると拡大します
Arakura_01
早川の河岸段丘の山側に形成された二段集落。
下から見上げると上部の家々ははこんなに山肌にへばりついているのがわかる。


Arakura_02
傍らには貯水池があるが、これはここからはるか下流、高度差で200m以上も低い早川第一発電所まで送水するためのもの。
集落はこの貯水池よりも上部にある。


Arakura_03
集落内の道はこんなに狭く、両側に家が迫っている。
まるで下流の集落のような雰囲気だ。
標識では2トン車以上は通れないことになっているが、実のところ2トン車どころか軽トラックだって精一杯の道幅に過ぎない。
もちろんすれ違いなど不可能なだけでなく、自転車1台の追い越しすらままならぬ。
歩行者だってクルマが来たら道の外に追いやられることだろう。


Arakura_04
この民家の屋根に渡された赤い鉄板の正体は、なんと(屋上)駐車場である。
(振り返って撮影)
ここに駐めるには卓越した技術が必要に違いない。
ましてや暗くなった夜になど、さぞスリリングな冒険になることだろう。


Arakura_09
とにかく土地が狭いので、しばしば1階よりも2階部分が外側に張り出していたりするのがこの集落の建物の特徴。
昔はこの二階の窓から乗り出した鉱山の鉱夫たちが、下の道路を歩く娘を冷やかしていたんだろうか。


 クリックすると拡大します
Arakura_06
集落の最上部に位置するこの旧旅館(?)は最も象徴的だ。
左の電柱が曲がって見えるのは広角レンズのせいだけれど、その支柱(ワイヤー)が水平方向に張られているというのがまずすごい。

ぎりぎりに建てられた建物は一階の角部分が道路に合わせて斜めにカット。
もちろん二階の縁側(広縁)は一階よりも外に張り出している。
庇(ひさし)なんか、さらにせり出て完全に道路の上となっている。
屋根の雪が落ちる時なんか、下を歩くのは怖そうだ。


Arakura_07
そしてその下にあるこれはなんと屋外の共同トイレ。
その隣は浴場だ。
今どき屋外にまだこういうのが残されているとは驚きだ。
新倉は名前もいいがとても興味深い集落だった。

・南会津・大内宿の町並はこちら
・飯田市・下栗の里の町並はこちら
・身延町・赤沢宿の町並はこちら
・上田市・北国西街道の町並はこちら
・富士川町・十谷の町並はこちら
・甲斐市・志田の町並はこちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

廃道で『警笛 鳴らせ』!

ここは山梨県の南部、早川町の県道。
あの橋の下に隠れた旧県道の手前ということになる。


Keiteki_11
見える短いトンネルは『山吹隧道』、昭和49年(1974年)の竣功。
右手を流れる川は富士川の支流・早川。
トンネルには入らず、横の川沿いの部分に侵入する。


Keiteki_12
この部分は昔使われていた旧県道が廃道として残っているもの。
つまりもう40年以上前に放棄されたことになる。
川沿いの険しい道は崖崩れが頻発したため、新しくトンネルが掘られてこの部分は使われなくなったんだね。
それでも右の路肩にはひしゃげたガードレールが残されていて、ここがかつて道路だったことを訴えている。


Keiteki_13
広かったのは入口部分だけで、崩落のためかすぐに幅は狭まりこんな険しい様相になる。
川面までは30mほどもあるだろうか、足を滑らせたら無傷では済まないことだろう。


Keiteki_14
かつては舗装されたいた筈の路面だったところにはすっかり雑木が育ち、もう県道当時の面影はすっかり無くなっていた。

いや、あった。
端っこに何か人工物が立っているぞ。
(振り返って撮影)


Keiteki_15
そこにはなんと道路標識がまだ健気にも立ち続けているではないか。
『警笛 鳴らせ』だって。

この四角い形の『警笛 鳴らせ』はかなり古く、結構なレアもの。
昭和25年(1950年)に制定され、わずか13年の短い間だけ使われたという。
その後はKeiteki_00s丸形のものに変更されている。

残念ながら笛を持っていなかったので、口で「プップー」と鳴らして行く。
偽物だ?
『笛行く』だもの。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧