『インカ神殿』再び

今朝みたら、この記事に昨夜異常なアクセスがあったことに気づいた。
5年前に行った新潟の『持倉鉱山』跡だ。

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調べたら、またテレビでやったんだね。
昨日は『世界の何だコレ!?ミステリー』という番組。
以前は『ナニコレ!珍百景』でやって、やはりアクセスが増大したことがあったっけ。

テレビ局もネタの使い回しか。
でも今はドローンで空中から観察できるからいいなあ。

ということで、この辺でドローンしまする。
Doron

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清水沢の百庚申

群馬県下仁田町の県道沿い。

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川向こうの山肌に、何やらたくさんの石が並んでいるのが目に付いた。
お墓のようでもない。
これは何だ?


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クルマを停め近付いてみると、ひときわ大きな石に『庚申塔』とある。
庚申塔とは延命長寿にご利益あるといわれる庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。
道の辻や寺の入り口などによく置かれているものだね。


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それがここでは1か所にまとめられ、この壮大な眺めになっている訳。
『清水の百庚申』と呼ばれているとか。


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中には「建治2年6月」とあるから、今から740年も前に立てられたものであることがわかる。
歴史があるんだねえ。

何か目盛りのような刻み跡が?
『目盛り有る記念碑』なのかも。

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海雲寺の招き猫

ここは安中市のあるお寺さん。
住宅街の目立たない一角にその山門はある。

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正式名を『江月山海雲寺』というんだな。
『招福観音』とも書いてある。
あれ、右側に建っているのは……


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だいぶ古びているけれど、この石像は招き猫?
そう
ここでは招き猫が招福観音として祀られているんだね


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この海雲寺は招き猫を奉るお寺さん。
招き猫といえば、東京世田谷の豪徳寺だけど、この海雲寺の先代が豪徳寺で修業した縁で分身を奉っているんだそうだ。

招福殿の両脇にもちゃんとネコちゃんが並んでいるね。

・千曲市の猫神さまこちら
・猫町青梅のにゃにゃまがりこちら
・カラスと戦ったニャンコこちら
・香貫山のニャンコたちはこちら
・御前崎の猫塚たちはこちら
・キティちゃんのいる禅寺こちら
・豪徳寺の招き猫こちら
・軍艦島のニャンコこちら
・猫実町のニャンコこちら
・美喜井稲荷のお猫さまこちら
・西芳寺の招き猫こちら
・今戸神社の招き猫こちら

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『おぬしもワルよのう』

Akudaikan自身の選挙の際、地元市議らに現金入りの封筒を配ったとして槍玉に挙げられている自民党大阪支部の神谷昇衆院議員。
案の定、今度は受け取った側の立場でも槍玉に挙げられちゃったね。

なんでも地元・岸和田市の市長選挙の際、現市長である候補者から現金計200万円を2回に渡って料亭等で受け取ったんだそうだ。
それも、同席者によれば「神谷氏の座布団の下に現金入りの封筒を忍ばせた」という生々しいもの。
まるで悪代官そのものじゃん。
テレビで見た時代劇のいちシーンのようだけど、ほんとにこんなことやってるんだね。

悪代官は悪だ、いかんっ!

でも、座っている座布団の下に100万円入れられるのか ?(゚_。)?(。_゚)?

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木造トラスが残る『旧落合橋』

かつては各地に多く存在したという『木造トラス橋』
しかし木製という性格上、現存する大型のものはほとんどないという。
ところが群馬県内にまだ一つ残っているものがあった。
しかも、国道に使われていたという由緒あるものだ。
朽ちてしまう前に、これは観ておかねば……。


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という訳でやって来たここは、群馬県の下仁田町の外れ、ほぼ長野県に近い山の中。
舗装もだいぶ傷んだこの道は、この記事の場所をさらに進んだところ。。
つまりこの道は旧・川越街道(国道254号)ということになる。
ただし平成元年(1989年)に新道ができたので、今はもうこの道は使われていない。
右上の高い所に見える新道は山をトンネルで抜けていて、両者の高度差はこの段階ですでに70m以上もある。


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緩くカーブした赤い橋は『落合橋』という鋼鉄製の橋で、銘板によれば昭和39年(1964年)に完成したもの。
わずか約25年使われただけで、上の新道にそのポジションを譲ったことになる。
『落合橋』から隣を覗くと、ほら藪にまみれた木製のトラス橋『旧落合橋』が見えてきた。
トラスというのは三角構造のことね。


 クリックすると拡大します
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いったん橋を渡り、袂から崩れやすい路盤を慎重に20mほど下の沢まで降りてきた。
橋が越えているのは市ノ萱川の支流である西高畠沢という谷で、やがて利根川となって太平洋へと流れ出る。

下から見上げると、橋はこんなに高い。
中央の赤いのが平成になるまで使われてきた『落合橋』でその隣が『旧落合橋』だ。


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さらにガレ場を越えて『旧落合橋』の真下までに来た。
橋脚は1本もなく、両側の橋台から幅30mほどの谷をひと跨ぎしている。
橋の形式は、たぶん『木造・上路ダブルワーレントラス』というものになる。
廃止になってからでもすでに50年以上経っているのに、下から見ると木製の骨組みはまだしっかりしていそうに感じられる。


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見上げ続けて首が疲れたので、再び上まで戻った、今度は沢の反対側。
かつてクルマが往来した筈の路面は、上から見ると草木や樹木に覆われ、一見してこれが橋の上とは思えない様相。
ちょっと見、これならなんとか渡れそう?


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いえいえ、トンでもない。
恐る恐る足を踏み入れてみると、すぐに足元がスカスカになる。
危ない箇所が落ち葉でうまく隠されていたんだね。
これは駄目だ。


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危ない、危ない。
かつては覆っていたであろう底板はすっかり朽ちていて、隙間から覗いてみれば下の沢が丸見えだ。
これだけ落ちたら危ない。
それにしても骨組み自体はほんとうにしっかりしているのに感心させられる。


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再び橋の上を渡って沢の反対側に戻ってきた。
ああ、トラスの上には本来こんなしっかりした角材が敷き詰められていたんだね。
もっとも、でなければトラックの車重に耐えられまい。
なんせ木製とはいえ、これでも国道を支える橋だったんだから。


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斜め横から橋を観察してみると、立派なそのトラス構造が見て取れる。
上弦材と下弦材との間には縦横に渡したトラスの所以である斜材。
さらに上下を結ぶ鉄棒の吊り具が追加されているのがわかる。
これでさらに強度を増していた訳か。
しっかりした仕事していたんだな、木製トラス。
長い間、ご苦労であった。
褒美をとらす

現場で撮影したよくわかる動画はこちら
                

・伊豆・廃ループ橋跡はこちら
・旧稲又川橋跡はこちら
・君津・廃橋跡はこちら
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・小山の森村橋はこちら
・長泉の石橋アーチ橋はこちら
・西会津の奥川橋はこちら
・小山の森村橋はこちら

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上杉謙信の愛刀、5億円ならず

Sanchomo新潟県上越市の教育委員会は、同市ゆかりの戦国武将・上杉謙信の愛刀とされる国宝『太刀 無銘一文字・山鳥毛』の取得を断念したことを発表した。

岡山県在住の所有者は当初、新潟県や山形県米沢市に10億円で譲渡を打診したもののいずれも進展なし。
そんな中、上越市は専門家が鑑定した評価額3億2千万円を上限に交渉に臨んだ一方、所有者は5億円まで引き下げたものの、それ以上の歩み寄りはなかったという。

上越市は今年度予算に太刀関連の経費として維持管理費を含めた約3億3千万円を計上していたというが、破談により補正予算で減額すると共に、市民から集めた寄付金も返金する方針。
ただ募金箱で集めた約50万円は寄付した人が特定できないため、返還しないんだと。

そんな馬鹿な。
太刀を購入しないんなら、ちゃんと募金を返して欲しいぞっ。
僕の善意もボキンと折れたじゃないか。

あ 僕は募金してないんだった。
かくて一太刀で斬られた人たち……。

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鹿島のカード、かしましょか

神宮とは、本来社号として神宮号を名乗る由緒ある神社のこととか。
東京人としては、まず身近な『明治神宮』を思いつくけれど、正しくは『伊勢神宮』、『鹿島神宮』、そして『香取神宮』の三つを指すんだそうだ。

 拡大します
Kashima__cardその鹿島神宮が、神社として初めてクレジットカードを発行しているんだね。
その名も『鹿島神宮カード』
(カードを入れる方向を示す矢印がまさに矢になっている)

カードは事前にお祓い済みで、非公開エリアにも入れる特典付きというけれど、年会費の5千円or1万円はみんな神社への寄付。
さらにカードを使って貯まったポイントもすべて神社のものになるというのはなんだかなあ。
今の時代、神様もポイント集めに奔走しているのか。

僕は神様のカードでなくてもいーや。
おかみさんのカードで。(゜_x)バキッ☆

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台湾総統府の配慮

Soutoufu台湾で日本統治時代に総督府で勤務していた日本人の遺族男性が、現在は総統府として使われている昔の職場を訪問したそうだ。
総統府は男性の希望に応えて一般には非公開の部屋に特別に案内する配慮をみせた。

男性は「祖父が働いた場所に来られるとは夢にも思わなかった。感慨無量です」と、総統府の親切な対応に感謝したという。

一方、もう一つのお隣の国は日本統治時代の痕跡をなくすべく建物などみんな解体。
同じような歴史を持つ国なのに、どうしてこんなに違っちゃったんだろうね。

慰安婦像作るんなら、ベトナムにも建てたら>●国
総統閣下が相当カッカしておられますよ。

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八重桐の池(小山町)

『八重桐の池』は本来、農業用水として大正時代に作られた溜め池。
その後台風により損傷し、平成の大修復の際に小山町が親水公園として整備したもの。

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だから池の監視塔も、こんな木製の趣あるものに作られた。


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もう一つ。
池の謂われが記された高札の隣。
まるでツリーハウスのような珍妙な形の、これは見張り台なのか?


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入口からしてこんな感じ。
中心には巨木。
自然木を活かした階段の手摺りは、文字通りひとひねりしたもの。


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最上部に上がれば四方に窓があり、まさしく見張り台。
巨木のテッペンはテーブル代わりにも使えそう。
子どもにとっては冒険心をくすぐるたまらない遊び場であることだろう。


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池の上流部分には橋が架けられている。
一見、屋根付きの橋かと思ったが。
なんと中央部が開く、あの勝鬨橋(かちどきばし)のようなユニークな跳ね橋となっていた。
(マウスを置くと画像が切り替わります)
ぜひ渡ってみたかったが、残念ながら通行止め。
「端」を渡っても駄目?

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金時公園の大マサカリ(小山町)

小山町は古くから『金太郎生誕の地』と言われているところ。

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だから林の中に、こんな金太郎の看板。
有名な、『マサカリかついでクマにまたがった金太郎』の図だね。
枝に隠れた部分は『金時公園』と書いてある。


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そう、ここは小山町の『金時公園』

立て掛けられた大きなマサカリは三菱金属(株)小山工場から寄贈されたもの。
昭和10年にこの公園が出来たとき、鉄製の大マサカリが作られたものの、戦争当時の金属提供でなくなっちゃったんだね。
そこで昭和55年、地元の三菱金属からアルミ製の大マサカリが寄贈されたんだそうだ。


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足元にいるのは家来のリスとクマだけど、このクマ可愛すぎる。
これじゃ跨がれないし、弱っちい。

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