まったく困ったベアー

Kuma
昨日、秋田新幹線『こまち3号』がなんとクマと衝突、緊急停止したそうだ。
こっちの東海道新幹線の感覚だとちょっと信じられない事故だけど、秋田新幹線は在来線を走るのでクマが線路内に入り込む隙もあるんだろう。

運転士の話では、ぶつかったクマはそのまま線路を横断し、走り去ったとか。
悪いクマだな、事故報告もせずに……。
だいたい線路内に入っちゃいけないんだって、松本伊代さんと早見優さんが言ってたぞ。
クマったもんだ。
いや、『こまち』ゃう。

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『あまり 頼りに するな』

Train_fire小田急線の電車が火災に遭った事故、一歩間違えたら大惨事になるところだった。
沿線にある建物からの出火ということで、鉄道会社のほうには全然責任なかったのに電車が燃えちゃったんだもの。
幸い乗客は全員避難できたというけれど、電車ってすごく高いから地面に降りるのだってタイヘン。
ほんとうに無事で良かった。

なんで火災現場の真横に電車が止まってしまったかというと、非常停止ボタンが押されたことにより、ATS(自動列車停止装置)が働いたからだそうだ。
現場に駆けつけた警察官が、消防からの要請を受けて非常停止ボタンを押したところ、電車に自動ブレーキが掛かってちょうど火災の現場横で緊急停止してしまったんだね。
別に運転士が止めたんじゃない訳だ。

技術の進歩はすごいけれど、やっぱり最後は人間の判断のほうが大事ということ。
だってATSって『あまり 頼りに するな』の頭文字なんでしょ。

*ほんとは(Automatic Train Stop)です。

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複線の想い出(御殿場線)

小田原から御殿場を経て沼津を結ぶ御殿場線は、かつて東海道本線だったので堂々の複線を誇っていた。
でも丹那トンネルが開通すると単線に格下げされたので今も各所にその頃の面影が残っている。

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これは山北駅先の「箱根第二号トンネル」
右側が現行線で、左は旧線の跡。


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これは酒匂川を渡る、その名も「第二酒匂川陸橋」
近くには行けないので遠景だけど、橋桁がもう1車線分残されているのがわかる。


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「箱根第一号トンネル」
一番上の写真とそっくりだけど、別物だからね。


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これは谷峨駅近くに残されたガーダー(鉄橋)桁の跡。
撤去しないんだね。


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これはもう裾野駅を過ぎたところにあるレンガ橋台の跡。
旧線の跡がまるでグリーンベルトのように残ったままだ。

「複線化」というのは鉄道にとって名誉なこと。
でも、逆に複線だったのが単線にされるたいうのはなんかわびしいものだね。

・未成の国鉄佐久間線はこちら
・三重の中勢鉄道はこちら
・近鉄大阪線の東青山駅はこちら
・中央線遺構・旧笹子川橋台はこちら

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今度は尾盛駅探訪記事にうれしい悲鳴

以前書いた古い記事へのアクセスが突然集中して驚かされることがある。
前回はこれだった。
5年ほど前の、持倉鉱山探索の記事。
この時はテレビ朝日の『ナニコレ珍百景』で採り上げられたからだったけど、この番組はもう終了。

で、昨夜はフジテレビの『世界の何だコレ!?ミステリー』だった。
この番組で大井川鐵道の秘境駅『尾盛駅』への探訪が放映されたんだね。
その影響で昨夜突然この記事炎上

僕が熊除けスプレー片手に行ったのはもう7年近く前のこと。
なつかしい。
何にせよ、アクセス数増大はうれしいぞ。

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熊さんのトイレじゃない、これがプラットフォーム。

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カンチレバー架橋の遺産「徳沢橋梁」

奥川森林鉄道から屋敷小学校へ行く途中、国道459号線は磐越西線のガードを潜る。

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うん?
やれに趣のある鉄橋ではないか。
クルマを止めて観察してみよう。


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銘板を見ると『阿賀野川徳沢橋梁』とある。
岩越線(現:磐越西線)の延伸工事に伴い、大正3年(1914年)に完成した全長193mの鉄道橋。
中央部の1支間がピン結合の単線下路式曲弦プラットトラス、残りの2支間が単線下路式プラットトラスで、名門のアメリカンブリッジ社製となっている。
ここと同じく、ペンシルバニアからはるばる海を渡って来たんだね。


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下を流れるのが阿賀野川。
この鉄橋により、列車は福島県から新潟県へと渡ることになる。

樹木が邪魔をしてうまく見通せないが、両岸のトラスから少しずつ橋を延伸し、橋の中央で双方を連結する方法で架設された、日本初のカンチレバー架橋ということだ。
良くわからないけど、なんか格好いい。

・中央線遺構・立場川橋はこちら
・中央線遺構・旧笹子川橋台はこちら

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【遺構】奥川森林鉄道跡を歩く(後編)

奥川森林鉄道跡【前編】から続く。

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古びたコンクリート製の橋脚には長円形の穴が明けられているのでそこにカメラを差し入れて撮影してみた。
そこからの景色はこんなアートな風景。


 クリックすると拡大します
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これは反対側の沢上部に登って撮影したもの。
川の流れが勢いよく白いのは、滝ではなく取水堰から絞って落とされたため。
左手の崖には降下に使ったロープが見える。
この画角がこの遺構の一番良い表情かも。


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上から見降ろすと、橋脚の上部には鉄製のスタッド(埋め込みボルト)が残されていた。
頼りなさそうなボルトだが、これで橋梁を固定していたんだろう。
その長さから推定すると、おそらく渡された橋梁は木製だったのではないか。
赤錆びた表情が、廃止されてからの長い年月を物語る。


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沢の下側に回って見上げるとこんな感じ。
当時は場違いだったろうコンクリート製の人工物も、色褪せた今は不思議に溶け込んでいる。
これまたいい風景だね。


 (マウスを置くと画像が切り替わります)
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柱の一本には『昭和弐年十月竣功と、ペンキで記されている。
すると完成からもう90年。
しっかりしているようだが、よく見ると橋脚のコンクリートにはかなりの傷みが見てとれる。
コンクリートの寿命も100年というから、これらもそのうち崩れ落ちてしまうのだろうか。
【鉄道自体の開通は大正元年(1912年)と記録されているので、記された竣功時期が事実であるならこの沢は当初木橋で渡っていたものと思われる】

静かに、そしていつまでも残って欲しい遺構だった。

・秩父・滝川森林鉄道跡はこちら
・小海・渋森林鉄道跡はこちら

現場で撮影したよくわかる動画はこちら
                

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【遺構】奥川森林鉄道跡を歩く(前編)

福島県西会津町の山中に残された『奥川森林鉄道』の跡を訪ねた。
奥川は、福島県に源流を持ち新潟県を流れ日本海に注ぐ阿賀川の支流。
その流れに沿って大正元年に開通したのが奥川森林鉄道。

 石塚森林鉄道 (C)「森林鉄道情景」
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明治から昭和に掛け、山奥で切り出した材木を運び出すために、各所にこうした森林鉄道が作られたんだね。


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すでに廃道となった国道459号の旧道から奥川の方を見降ろすと、何やら構築物が。
森林鉄道の橋台だ。
橋台とは鉄道の橋脚を渡すための土台部分。
間違いない、奥川森林鉄道があそこを走っていたのだ。


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降りられそうなところを見つけ、急な崖を下る。
すると現れた軌道跡。(石積みの右手上部)
崩落した部分も多いけれど、一部にはまだこれだけ良好な軌道跡が残されているんだね。
苔むした石垣は軌道の路盤を支えるもの。
山中にこれだけしっかり残っているのは感慨深い。


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でもちょっと進めばこの通り。
まるで通行止めを宣告するような枯れ木の芸術。
森林鉄道が廃止となったのは昭和35年(1960年)のことだから、誰も通らなくなってもう60年近くの時間が経過しているものな。
廃止になった森林鉄道跡ではたいていこうした倒木が邪魔をする。
そこを歩く困難さは、静岡のここや、埼玉のここなんかと同様だ。


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足元のはるか下、奥川の流れはこんな感じ。
北国のこと故、この時期は雪解け水で水量が多い。
冷たいだろうし、なるべく落ちたくはない。
写真右手の、樹々の色が違った辺りに目的のものがある。
もう少しだ。


 クリックすると拡大します
Okukawa_00
東北電力の取水堰を見送り、さらに進むと再び路盤跡が荒れて来た。
すると突然目の前の路盤がなくなり、飛び込んで来たのがこの衝撃的な光景だ。
小さな沢を鉄道が越えるためなんだろう、苔むした見事な橋脚が並んでいる。
なんとカーブした4連だ、素晴らしい。

奥川森林鉄道跡【後編】に続く。

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ど迫力の『ロータリー除雪車』

これはなんだ?

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風車?のような大きな羽根がいくつも取り付けられている。
もしかして、風力発電?


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実はこれ、ロータリー除雪車というもの。
線路上の雪を集めて回転させた羽根で遠くに飛ばすんだね。
まるで黒い鯨(クジラ)が潮を噴き上げるような迫力があったそうだ。

子どもの頃に見た写真では覚えがあるが、実物は生まれて初めて見た。
場所は福島県の西会津町で、鳥追観音というところに保存されている。


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正式名を『キ621』。
説明によれば、昭和24年(1949年)に汽車製造大阪工場で製造された。
新潟県の長岡に配備され、昭和51年(1978年)に引退、ここに保存されたとのこと。
現存するのは全国的にも北海道とここだけという、貴重なものだ。


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運転席はあるが、ここで運転はできない。
なぜなら、ロータリー車の動力(蒸気機関)は除雪の羽根を廻すためのもので、前に進むためには後から動力車で押してもらわなければならないからだ。


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こちらはロータリーよりも馴染み深いラッセル車。
雪を線路横に押しやるんだね。
昭和14年(1939年)に秋田・国鉄土崎工場で作られたという単線用ラッセル雪カキ車で正式名が『き172』。

信越線や磐越西線で活躍したあと、こちらも昭和51年(1978年)に引退、ここに保存されている。
ここに来れば、ラッセルと暮ラセルよ。

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やりきれないニュース

Fumikiri日々伝えられるニュースの中にはやりきれないものも多いけれど、これは特別だ。
京急・八丁畷駅前の踏切内で男性2人が電車にはねられ死亡した事故。

続報によれば、踏切内にいた男性は77歳ということで認知機能が低下していた可能性もあるという。
助けに入って死亡した男性は、横浜銀行の人財部主任人事役。
52歳というからまさに働き盛りだったんだろう。

残された家族の構成は明らかにされていないけれど、奥さんやお子さんが突然こんな連絡受けて、動揺しない筈がないよね。
こんなことするくらいだから、きっと家では優しい良い父親だったんだろう。
「現時点では心の整理がつかない状態。事情を察してそっとして欲しい」という言葉が痛々しい。

ほんと、やりきれない。
いっそ、「子どもは助けていいけど年寄りは助けない」って、法律作る?

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結ぶぞ、蒲田駅と蒲田駅

KamakamasenJR・東急蒲田駅と京急蒲田駅とは同じ蒲田駅だけど実は700mも離れていて歩けば10分くらいは掛かる不便なところだ。
長年接続させる案が検討されてきたけれど、それがいよいよ実現に向けて動き出すらしい。

なぜ計画が進まなかったかというと、すでに大商業地域として開発されているので線路用地が確保できないこと。
そして接続したとしても東急線が狭軌(1067mm)、京急線が標準軌(1435mm)とレールの幅が異なることが障害になっていたんだね。

でも用地はトンネル掘って地下を通すこと、レールの幅は軌間可変電車(フリーゲージトレイン)というのを開発して解決されるんだって。
人間の進化はすごいね。長生きするもんだ。

ただ、いただけないのがその名前。
蒲田と蒲田を結ぶから、『蒲蒲線』だって。
かまったもんだ。
そりゃそうだけど、もう少しセンスいいのないの ?(゚_。)?(。_゚)?

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